「光の画家」松井守男さん死去 79歳 五島に拠点、県内関係者惜しむ声

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久賀島のアトリエで制作に没頭する松井さん=2008年、五島市

 フランスのコルシカ島や長崎県五島市の久賀島などを拠点に国際的に活躍した洋画家、松井守男(まつい・もりお)さんが5月30日午後6時ごろ、虚血性心疾患のため東京都のアトリエで死去した。79歳。愛知県出身。親族で密葬を行う。
 武蔵野美術大卒業後に渡仏し、パリを拠点に制作を開始。ピカソらの影響を受け、細い「面相筆」で大画面に油絵の具を重ねる独特の作風で「光の画家」と呼ばれた。
 2000年代にフランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュバリエなどを受章。地中海のコルシカ島と五島列島などを行き来しながら、長崎原爆や東日本大震災をテーマに制作していた。

◎「五島の空気 見事に表現」 県内関係者惜しむ声

 「まだ多くの作品を残してほしかった」-。世界的洋画家、松井守男さんが亡くなったことが分かった2日、制作拠点を置いていた五島市の関係者から惜しむ声が相次いだ。
 松井さんは2008年、初めて五島市を訪れ、久賀島で殉教した潜伏キリシタンに思いをはせた。市の協力で旧田ノ浦小の廃校舎をアトリエに改装。フランス・コルシカ島と行き来しながら、長崎原爆をテーマにした作品などを手がけた。
 島民の坂谷善衛さん(78)、伸子さん(74)夫妻は松井さんの滞在中、食事などをサポート。今年初めも訪れる予定だったが、新型コロナウイルスの影響で断念。「家族同然の付き合い。『久賀島を元気にする作品をまた描くからね』と話し、楽しみにしていたが、まさか」と悼んだ。
 松井さんは市ふるさと大使を務めたほか、県内各地で児童絵画教室を開き、交流を重ねた。市職員当時、活動を支えた富山博彌さん(68)と橋口明敏さん(67)は「制作中の張り詰めた雰囲気と違い、子どもたちをかわいがり、とても気さくだった」と惜しんだ。初めて来島した当時の市長、中尾郁子さん(87)は「風の音まで聞こえてくるような五島の空気感を見事に表現してくれた」と功績をたたえた。