二つの時計

 駅に二つの時計が掛かっている。針が指す時刻は合ったためしがない。「どうして合わせないんです?」。人に聞かれて、駅長は答えた。「合っていたら二つある意味がないでしょ」。西洋の小話にある▲やぼな注釈を添えれば、時刻を合わせるのが面倒な駅長が、放っておくために詭弁(きべん)を並べている。どうやら新型コロナ対策を巡っても、この国では政府と専門家が掲げる“二つの時計”の針が、ずれを広げている▲コロナ患者をもっと多くの診療所で診てはどうか。全ての患者数の把握を、段階的にやめてはどうか。感染症、経済、法律の専門家たちが緊急の提言に踏み切った。まるで動かない政府に、しびれを切らしたらしい▲かたや政府は、濃厚接触者の待機期間を「最短で3日にする」といきなり発表した。専門家にしてみれば、こちらは「政治の先走り」だという。止まってみたり先走ってみたり、針の動きが定まらない▲どちらも、対策を話し合う政府の「分科会」は開かれなかった。コロナを「普通の病気」として扱うかどうかについても、ねじを巻くように専門家は言うが、政府に急ぐそぶりはない▲医療現場に混乱が広がり、自治体の長も政府に批判を強めている。小話じゃあるまいし、時計の針のずれを放っておかれては、国民が大変な目に遭う。(徹)

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