<書評>『石獅子探訪記』 130体との出会いの記録

 沖縄の石獅子(村落獅子)とは、地域の守りとして村落の各所に琉球石灰岩を生き物のような形に彫って安置したもの。これが、沖縄の象徴的な風景のひとつである門扉に対のシーサーを置く習慣のもととなった、ともいわれている。本書は県内各地に古くから存在している石獅子約130体を訪ね歩き、見つけ出し、地域の人々に取材した記録をまとめた「探訪記」だが、いわゆる沖縄地域史や文化史への興味から生まれた研究ではない。彫刻を専門としていた著者のみずみずしい視点と好奇心が生み出した「探訪」だ。

 那覇市上間の石獅子との出会いがきっかけで、著者の夫は自ら琉球石灰岩を彫って石獅子の制作を始めたという。そして、家族で実際に沖縄に居る石獅子を探し始め、約13年間をかけて各地を巡り、記録や調査を重ねた。沖縄の地域の御嶽や史跡を訪ねた経験があれば想像に難くないことだが、地域が大切にしている場所は情報が少なく、場所が分かりづらかったり、住宅地の中にこつ然とあるうっそうとした森や崖であったり、はたまた蚊や虫、ハブの危険がありそうな場所であったりとなかなかハードルが高い。

 そんな場所を「(石獅子とは)いつ、誰が、何のために作ったのか」「何故、こんなふざけた顔に!?」という純粋な好奇心と「モノ」として石獅子の形状の魅力に引かれてどんどん訪ね歩いていく様は痛快だ。その姿勢は文章やキャプション、独自の石獅子分類図にまで貫かれている。そして本書を読み進めていくと、沖縄の地域文化のリアルな様相に触れることができる。これは、沖縄の地域研究や地域文化の継承の新しい形、と言えるかもしれない。

 先日、とある飲食店でたまたま隣に座った家族連れの5歳ぐらいの子どもが、この本を手にして石獅子たちの写真を食い入るように見ていた。どこか不思議で素朴な石獅子の形状はかように人の心をつかむのか、と得心する場面だった。「若山さん、やっぱり石獅子ってすごいね」。そのとき私は心の中で著者に向けてつぶやいたのだった。

(長嶺陽子・編集/ライター)
 わかやま・えり 1979年滋賀県生まれ。沖縄県立芸術大卒・研究生修了。2009年から石獅子を探し歩き、ファイル化。16年から琉球新報副読誌「週刊カフウ」で「石獅子探訪記」を連載中。
 
石獅子探訪記 若山恵里 著
A5判 192頁

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