「どんな選択をしても、当たり前に生きられる社会に」トランスジェンダー・鈴木げんさんが“アイデンティティーを守る”ために戦う理由

「僕は別にみなさんと違う生活をしているわけではないので、当たり前に毎日、男性として『みんなと同じように生活をしている人だよ』っていう、そういうことをわかってもらえたら」

そう語って、ジーンズの裾を上げ、おもむろにすね毛を見せてくれたのは、浜松市に住む鈴木げんさん(47)鈴木さんは普段、男性として暮らしているが、戸籍の上では女性となっている。鈴木さんは2020年、市では初めて「パートナーシップ制度」の宣誓をした。夢は「夫」として、パートナーと結婚することだ。

日本における性別変更の要件は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下、『特例法』)で次のように定められている。

①18歳以上であること

②現に婚姻をしていないこと

③現に未成年の子がいないこと

④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること

⑤その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

鈴木さんの場合は、ホルモン注射によって体つきは男性的になっているものの、生殖除去手術をしておらず、④の要件を満たさないため、戸籍上の性別変更ができない。

ただ、手術をすれば解決という問題でもない。肉体的、金銭的、そして、精神的に大きな負担が生じるためだ。つまり、自身や周りがいかに鈴木さんを男性だと認識していても、現行の法律では、戸籍上「男性」になることはできないのだ。

LGBTQの象徴“レインボーカラー”のマスクをつけ笑顔の鈴木さん

しかし、性別はアイデンティティーの大きな柱。

鈴木さんは身体などに大きなダメージを負わなければ、自分らしい性別を公的に認められない状態は、人権侵害であり、憲法違反にあたるとして、2021年10月、裁判所に性別の変更を申し立てた。

10月14日、静岡家庭裁判所浜松支部で行われたのは、裁判官と面会を行う「審尋」。LGBTQの社会運動を象徴するレインボーカラーのマスクをつけて、裁判所に入っていった鈴木さんのスタンスは、裁判官と言い争うのではなく、あくまでも「おしゃべりをしに行く」というもの。

約1時間行われた審尋の中で鈴木さんは、男性としての生活ぶりや外見と戸籍上の性別が違うことで生じる日常的なトラブル、なぜ生殖除去手術という選択をとらないのかなどを語った。

実は、特例法をめぐり、岡山県に住むトランスジェンダー男性もその違憲性を訴える裁判を行っている。2019年、最高裁が下した判決は「合憲」。つまり、特例法は「人権侵害にはあたらない」というもの。しかし、この判決には「現時点では」という条件がつけられ、複数の裁判官が補足意見として、「その(=特例法は違憲である)疑いがあることは否定できない」とするなど、時代の流れによっては、その解釈が変わる可能性が示唆されていたのだ。

鈴木さんの弁護団は、判例をもとに裁判所側は鈴木さんの申し立てを一蹴することもできるが、審尋で裁判官が真摯に取り合ってくれたことは、2019年の判決で紡がれた希望が今もつながっている証拠だと考えている。

浜松市が2020年に制定した「パートナーシップ宣言制度」の宣言第1号となった鈴木さん(写真右)

鈴木さんは審尋後の会見で、次のように語った。

「僕は、性のあり方っていうのはとても多様で、ひとりひとり本当に違うものというのをまず知っていただきたいと思っていました。性別に違和感を覚えている人って、ひと言に言っても、ホルモン治療だけを望む人もいれば、胸オペは絶対に必要だと思っている人もいるし、卵巣の摘出を望む人もいます。(裁判所側には)『どんな選択をしても、当たり前に生きられる社会になってほしい』と伝えました。僕の性自認が社会から尊重され、戸籍上、男として正しく表記されることも、手術するか、しないか、僕が個人として決めることも、両方ともとても大事な人権の問題です。どちらかを諦めるようなそんな問題ではありません」

鈴木さんが自身のアイデンティティを守るための裁判。

鈴木さんの戸籍上の性別の変更が認められれば、多くの性的マイノリティの人々が自分らしく生きられる社会の実現へ向けた大きな一歩となることは間違いない。鈴木さん側は今年度中の判断を裁判所に求めている。

「どんな選択をしても、当たり前に生きられる社会になってほしい」と訴える鈴木さん

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