【レースフォーカス】91ポイント差を巻き返しチャンピオンに輝いたバニャイア、安定感を見せた後半戦の変化/MotoGPバレンシアGP

 MotoGPの2022年シーズンタイトル争いの決着の舞台は、最終戦バレンシアGPとなった。ランキングトップで乗り込んだのはバニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)、ランキング2番手のファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)に対して23ポイント差をつけ、バニャイアがかなり優勢だった。

 決勝レースでは、バニャイアが9位、クアルタラロが4位でフィニッシュ。17ポイント差でバニャイアが2022年シーズンのMotoGPチャンピオンに輝いた。まずは、レースについて振り返ってみよう。

 3列目8番グリッドからスタートしたバニャイアは、2周目にクアルタラロとポジションを争った。左コーナーの2コーナーでジャック・ミラー(ドゥカティ・レノボ・チーム)がクアルタラロをかわしたそのとき、すぐ後ろを走っていたバニャイアもクアルタラロをパスしようとインサイドに入り、ここでバニャイアのマシンの右側とクアルタラロのマシンの左側が接触した。バニャイアはこの接触により、右側のウイングレットの一部を失う。

 バニャイアは「(レースは)楽なものではなかった。ファビオとのバトルでウイングレットを失い、そこからなにもかも最悪だった。1周1周、守りのラインをとろうと頑張ったけど、ほんとに難しくて、レースが終わるまでがすごく長かったよ」と述べた。

 27周を走り切ったバニャイアがフィニッシュラインで見たものは、「ワールドチャンピオン」と書かれたサインボード。「それを見たときに、すべてが明るく素敵な気持ちになった。あの瞬間の感情は素晴らしいものだよ。チームと僕自身が成し遂げたことを誇りに思う」と、歓喜の瞬間を振り返っている。

 一方のクアルタラロは、「今日は昨日より暖かく、タイヤの左側がかなり限界の状態だった。でも、今日のレースに関して後悔はないよ。僕は最後まで全力を尽くした。フロントタイヤに問題がある中でね」と、レース後の囲み取材の中で落ち着いた様子で話していた。

「レース後は感情的になっていたよ。僕はファイターで、1番になりたかった。レース後の15分はすごく、すごくつらかったよ。でも起こってしまったことだし、終わったことだ。後悔はない。今日は自分の持てる力を尽くした。こういう風にタイトルを失ったときには、ポジティブなものを見つけなくちゃいけない。99パーセントがネガティブだとしても、その1パーセントのポジティブは(2023年の)開幕までを待つ力になる。さらにトレーニングに取り組むだろうし、自分を向上させようとするだろう。そして、2023年はさらに激しく戦っていくよ」

 バニャイアの話に戻ろう。バニャイアは9位でフィニッシュラインを駆け抜けると、2コーナーの観客席で待つドゥカティファンのもとにマシンを停めた。そこにはタイトル争いを演じたクアルタラロはもちろん、エネア・バスティアニーニ(グレシーニ・レーシングMotoGP)、マルコ・ベゼッチ(ムーニーVR46レーシング・チーム)、フランコ・モルビデリ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)などVR46ライダーズアカデミーの仲間たちがマシンを寄せ、バニャイアの戴冠を称えていた。その中にはバレンティーノ・ロッシの姿もあった。

 セレブレーションが行われたそこで、バニャイアは用意された金色に輝くチャンピオンヘルメットを見つめると、それを手に取る前に、少しの間、ぐっと沸き上がる感情をかみしめていたようだった。その喜びを感じる姿が、とてもバニャイアらしいと感じるシーンだった。

■「ドイツGPで自分の弱点がわかった」

 バニャイアのチャンピオン獲得は、2007年にケーシー・ストーナーが獲得して以来のタイトルをドゥカティにもたらした。すでにコンストラクターズ、チームタイトルを決めていたドゥカティは、バニャイアのチャンピオン獲得によって3冠を達成した。また、イタリア人ライダーとしては2009年のロッシ以来、イタリア人ライダーがイタリアンバイクによってタイトルを獲得するのは、1972年にジャコモ・アゴスチーニがMVアグスタで達成して以来50年ぶりのこととなる。まさにいくつもの快挙を成し遂げたと言えるだろう。

 バニャイアもそれをわかっていたからこそ、プレッシャーがあった。「たくさんの人が泣いているのを見て、信じられない気持ちだった。僕も泣いていたよ。チーム、そしてドゥカティ、イタリアがタイトルを取り戻すという重圧が肩にかかっているのを感じていたから、素晴らしい勝利だった」と語る。

 そしてまた、バレンシアGPに駆け付けたロッシからの助言があったことを明かした。

「昨日、バレと話をしたときに、彼は僕に『この可能性を持っていることを誇りに思わなければならないよ。みんなが同じ気持ちを味わえるわけじゃないんだからね」と言ったんだ。『確かにプレッシャーは感じるし、不安もあれば怖さも感じる。でも、誇りに思い、幸せに思わないとね。そして、楽しむようにして』って。僕は、その言葉のとおりに実行しようと努めたよ。実際には、今日、うまくはいかなかったけど、メンターやリーダーのような人がいるのだと思うと、本当に幸せなんだ」

 バニャイアがチャンピオン会見で語ったことのなかで特に印象的だったのは、彼の今季におけるアプローチだった。バレンシアGP土曜のロッシの件だけではなく、シーズン後半戦の中で、バニャイアは周りにいる人たちの言葉を聞くように心がけていたという。

 今季のバニャイアは前半戦に苦しんでいて何度かの転倒もあった。第5戦ポルトガルGPを終えてランキング10番手だったのだ。第6戦スペインGPで今季初優勝を上げてやや盛り返したが、前半戦はクアルタラロの安定性が勝っていた。ドイツGPを終えたときには、ランキング6番手につけていたが、ランキングトップのクアルタラロとは91ポイントもの差があったのだ。

 だが、シーズン後半戦のバニャイアは勢いに乗っていた。イギリスGP以降の後半戦9戦だけで見ると、4勝を含む7度の表彰台を獲得している。クアルタラロを逆転してランキングトップに立ったのは、第18戦オーストラリアGPだ。3勝を挙げるもアップダウンの激しかった前半戦から、後半戦は安定感が際立っていた。

「(シーズンの中で)最も厳しかったのはザクセンリンク(ドイツGP)だ。ル・マン(フランスGP)と同じように、とても力強く走れていて優勝の可能性があったのに、転倒してしまった。そのとき、自分の弱点がそれだとわかったんだ」

「僕はアップダウンの激しいライダーで、速さはあるけど安定していなかった。それを受け入れるのは簡単じゃなかった。そのときから問題を認識し、自分自身を改善しようと努めたんだ。それに、家で毎日僕と取り組んでくれて、僕を助けてくれる人たちのおかげでもある。今季、僕は自分を大きく成長させたと思うんだ」

「僕は心理学者と取り組んだりはしていない。助けてくれる人たちが周りにいると思うからね。心理学者との取り組みが確実に手助けになるとは思わないからなんだ。でも僕の状況では、周りにいる人が考えを言ったり僕がよくしていかないといけないところを言ってくれる。そういうのが好ましいと思っている」

「僕はちょっと気難しい人間なんだよね。最初は『ノー、こういうものじゃない』って言うんだけど、そのあとに考え方を変えてみて、自分を変え、アドバイスを聞こうとするんだ。トレーナーやアカデミーの仲間、ウーチョ(アレッシオ・サルッチ)、バレ、アルビ(・デバルディ)、バビ(・マッツォーニ)、チームのみんな、ガールフレンド、家族みたいに周りにいる人たちが僕にとってはすごく大事な存在だ。シーズン後半戦では彼らの言葉をいつも聞くようにしたんだ」

 特にシーズン中盤戦以降、バニャイアは度々、「たくさんミスをしてきたから、スマートでいたい」と述べていた。過ちから学ぶという姿勢がより強くなっていたように見えたのだ。そして自分の弱点を認め、自分を変えようと努めた。そうした努力がひとつの要因となって、バニャイアをチャンピオンへと導いたのだろう。

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