不正受験の今昔

 その衣服は、砂粒をぎっしり敷き詰めたような模様をしているという。粒の一つ一つが実は手書きの文字で、拡大鏡で見たら四書五経とその注釈が書き写してある▲役人の登用試験、科挙で用いられたカンニングのための肌着で、京都市の中国美術博物館、有鄰館(ゆうりんかん)にある。文字の数は数十万というから驚く▲受験生は細かな身体検査を受けた。それをくぐり抜けたとしても、解答に必要な部分を肌着の“砂粒”の中から素早く読み取り、答案に書くのは至難の業だったろう▲インチキと分かれば厳罰が科されたが、それでもカンニングや替え玉受験は絶えなかったという。不正に優劣や上下の別もないのだが、現代の手っ取り早い「いかさまの術」に比べたら、肌着の持ち主の苦心や執念は、どこかすごみを感じさせる▲企業の採用試験で、志願者が自宅で受けるウェブテストを代わりに受けた疑いで、大阪市の会社員の男が逮捕された。試験用のIDやパスワードを教えてくれたら、替え玉受験の一丁上がり。なりすましの金もうけはお手軽らしい。4千件ほど代行したと供述し、企業側は「手を打ってもいたちごっこ」と頭を抱える▲遠い昔の肌着には小さな文字が隠れていた。不正は一部だとしても、現代の就活には、採用をお金で買いたいという欲が隠れ住む。(徹)

© 株式会社長崎新聞社