心温まる「下げ」

 よく知られているのは夫婦の人情噺(ばなし)「芝浜」だろうか。年の瀬の江戸を舞台とする古典落語には名作が多いとされるが、その一つ「文七元結(ぶんしちもっとい)」に、隅田川に架かる橋の上で男2人がやりとりする場面がある▲娘の孝行によって借金を返すための50両を手にした男が、年末のある日、橋から川へ身投げしようとする問屋の奉公人、文七に出くわす。店の50両をなくしたのでこうしておわびを、と言う文七に、男は大切なお金を渡してしまう▲「死なせねえ。持っていきやがれ」「いや、受け取れない」。大金をつかみ合うのではなく、譲り合う2人の押し問答がやけにおかしい▲三代目古今亭志ん朝が演じるこの場面をDVDで見ると、笑えるだけではなく、なぜか心に染みる。巧みな話芸によるものなのか、カネをつかみ合ってばかりの昨今の問題にうんざりしている、その反動か▲東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件といい、政治とカネを巡る問題といい、カネの怪しい流れに人々が渋面を浮かべた1年が暮れる。「平和の祭典」という呼び名に運営する側、協賛する側が傷を付けたのなら、なおのこと罪深い▲「芝浜」も「文七元結」も、お金を巡る騒動のあと、心温まる“下げ”がある。現代とはどこか対照的なハッピーエンドにしばらく心を休めてみる。(徹)

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