求められるのは厳格さ? それとも柔軟性? 「託された思い」も1万字の原稿も無に…? 被爆体験伝承制度に課題

被爆者の方が少なくなる中、原爆資料館などで講話を担当している被爆体験「証言者」の数ももちろん減少しています。そんな中、この証言者の個別の体験を学び、思いを語り継いでいこうというのが、「被爆体験伝承者」です。まもなく12年目を迎えるこの制度に今、ある課題が浮かび上がっています。

1月20日、広島国際会議場(広島市中区)の講話室にて研修生が講話実習をしていました。

広島市担当者
「7期生の瀧口裕子さんの検定講話となります。イ・ジョングンさんの伝承講話をしていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

広島市内に住む瀧口裕子さん。去年、亡くなった被爆者のイ・ジョングンさんの「伝承者」となるべく研修中で、この日は3回目の講話実習です。

伝承者の講話被爆体験伝承者とは、被爆者それぞれにある固有の被爆体験を引き継ごうと、広島市が2012年度から始めた事業です。

希望者は、被爆の実相を学ぶ講義や被爆者との交流会、講話実習などの研修を経て「伝承者」として認められれば独り立ちします。

平和文化センターから委嘱されて原爆資料館などで被爆体験を語る「証言者」の数は、10年以上前から50人を下回っていますが、2015年度から活動を始めた「伝承者」は、現在では164人に上ります。

広島市 国際平和推進部 稲田亜由美 被爆体験継承課長
「やっぱり、そこの人数の部分ですよね。伝承者が数多いということで、それだけ被爆の実相を伝承をできる機会が増えているというところは、一番の大きな違いだと思っています」

一方で課題も見えてきました。1月20日、エソール広島では、伝承者や研修生有志による自主「被爆体験伝承を未来につなぐ市民の会」の集いが開かれました。

見えてきた「伝承者」制度の課題とは…

伝承者 甲斐晶子さん
「そして、一番直近の課題が、昨年・一昨年から被爆者の方がどんどんお亡くなりになっているということなんです。亡くなられてしまったということで、被爆者がその原稿に目を通していないという理由だけで、もうあなたはその被爆者の伝承者にはなれませんよと…」

実は、近年、伝承事業に協力する証言者が相次いで亡くなっています。2021年度以降だけでも4人。その4人に習っていた研修生は134人いましたが、実習を継続できたのは25人でした。継続できるかどうかの違いは、研修過程の後半に作成する「講話原稿」が被爆者本人に認められていたかどうか、です。

2020年度までの研修期間は3年。(現在では2年間)つまり、2年以上学んでいたとしても原稿チェックの前に証言者が亡くなってしまうと、「伝承者」にはなれません。

研修生 松野厚子さん
「イさんの原稿を書いて出したのが7月25日だったんですよね。7月30日に亡くなられて」

研修生 船津晶子さん
「長崎の状況をお聞きすると、被爆者の方が亡くなっていても道が開けているんですよね。だから、広島はどうしてこんな厳格な基準でシャットアウトしてしまうのかなっていう思いはありまして」

研修生 瀧口裕子さん
「みんな、一生懸命がんばっていらした方はどうなったんだろうって。自分がそこを運よく潜り抜けただけに、どうなったんだろうって」

タイミングで分かれる明暗…「託された思い」も1万字の原稿も無に?

瀧口さんの場合は、病床のイ・ジョングンさんの枕元で家族が原稿を読み聞かせる形で承諾が得られたとのことです。

研修生 瀧口裕子さん
「もう、いらっしゃらないので、どうですかってお聞きできないし、また、そこらへんまでイ・ジョングンさんの本心を聞き出せるほど、近くでお話していないので。見切り発車みたいな講話になっているので、これからだと思います。最後の最後に渡してくださったものなので、それはつたなくてもイ・ジョングンさんのお気持ちを先輩の方がたにいろいろ聞いて、少しでも近づいてお伝えできればいいなと思っています」

一方で、亡くなる5日前に市に提出された松野さんの原稿は、イさんの元には渡らなかったそうです。

松野厚子さん
「本当にたくさん、毎月毎月、ミーティングに参加していただいて、フィールドワークにも案内していただいて、なんか、もうちょっと、これを活かす方法っていうか。イさんの思い、わたしたちに託しておられる思いがいっぱいあると思うんですよね。それが断ち切られることは残念なので」

とはいえ、現状のルールでは、最後の原稿確認が、証言者にとって自分の壮絶な体験や複雑な思いをその人に託せるかどうかのよりどころとなっています。

大事なのは正確性のための厳格さ?それとも継続させる柔軟性?

広島市 国際平和推進部 稲田亜由美 被爆体験継承課長
「自分が託す人っていうのは自分で決めたいと。それを第三者にゆだねることについて、いろんな意見があります。この被爆体験を引き継ぎたいっていう思いは、わたしたちもしっかり受け止めているんです。被爆体験伝承のこの制度の中では、本人から託されるというのが大事だと思っておりまして、じゃあ、それ以外で何ができるかっていうところが、みなさんと今からしっかり考えていきたいと思っています」

◇ ◇ ◇
― 研修生の熱い思いの一方で、被爆者固有の体験や思いを「伝承者」として語り継ぐということを本人以外に認められるのか…? 確かに同じことでも言葉の選び方ひとつで印象が変わります。安易に託すことは難しいかもしれません。

とはいえ、せっかく深く関わって貴重な体験を学んだのに、それが無になるのはあまりにも惜しい…。託した被爆者の方の思いも活かされないのではないでしょうか?

長崎市の養成する「交流証言者」は、被爆者が亡くなった後も市などが講話内容などを確認したうえで「交流証言者」としての活動が認められることになります。広島市でも例えば、あらかじめ被爆者本人をよく知る家族やすでに活動している「伝承者」などの中から判断を託す相手を決めておくということはできないのでしょうか?

高齢になれば寿命も認知機能の問題も出てくきます。厳密に引き継ぐことと、柔軟に継続させること、それを包括する対応が急がれます。

広島市は、来月にも伝承者や研修生と意見交換会を開くということです。

© 株式会社中国放送