「はだしのゲン」の教材削除から考える、“平和教育のあり方”とは?

TOKYO MX(地上波9ch)朝の報道・情報生番組「堀潤モーニングFLAG(モニフラ)」(毎週月~金曜7:00~)。2月24日(金)放送の「モニフラZ議会」のコーナーでは、“平和教育のあり方”についてZ世代とXY世代の論客が議論しました。

◆漫画「はだしのゲン」が広島市の平和教育教材から削除

これまで24の言語に翻訳されてきた広島の原爆を描いた漫画「はだしのゲン」。広島市では2013年度から平和教育プログラムが開始され、市の教育委員会が学年別に「ひろしま平和ノート」などの教材を作製してきました。「はだしのゲン」は、小学3年生向けの教材に掲載されていましたが、2023年度から削除になります。

その理由については「補助的な説明が必要となり、時間が足りない」としています。例えば、子どもが浪曲を歌って小銭を稼ぐシーンについて「浪曲は現代の児童の生活実態に合わない」、母親に食べさせようと池の鯉を盗むシーンについては「鯉盗みは誤解を与えるおそれがある」などの理由が挙げられています。しかし、これに対し市民などからは、削除撤回を求める声が相次いでいます。

キャスターの堀潤は「はだしのゲン」と小学生の頃に出会い「今でも忘れられない画だった。セリフも含めて強烈に覚えている」と衝撃を受けたことを明かします。

今回の一件に関して、戦前・戦中の白黒写真をカラー化して原爆で失われた広島を今に伝える「記憶の解凍プロジェクト」を展開し、平和教育を研究する東京大学3年生の庭田杏珠さんは「平和教育に限らず、教育全般に言えることですけど、伝え手が授業時間内で学びを完結させるのではなく、受け手が自ずから学んでいくことが大事」と考えを述べます。

また、庭田さんは「ひろしま平和ノート」を使い始めたのは、小学6年生のとき。そのため、「はだしのゲン」が掲載された教材は使っていませんが、そのノートには広島市出身の原爆被爆者・佐々木禎子さんのことや被曝した中島地区のことなど、原爆に関するさまざまなことが書かれていて「後々振り返ると、今に繋がっているところはある」と話します。

そして、平和教育、ひいては原爆に関してさらに深く知るためにも「はだしのゲン」の作者である中沢啓治さんの著書「はだしのゲン わたしの遺書」を薦めます。

そこにはどんな思いで「はだしのゲン」を描いたのかが綴られており、庭田さんは「中沢さんにとって『はだしのゲン』は遺書だとおっしゃっていて、今後も読み継がれ、何かを感じてほしい、戦争の悲惨さなどを感じてほしいだけでなく、読み手が受け取ったメッセージをそれぞれの形で伝えていってほしいという"想い”が込められている」と語り「その想いを理解されているのか」と削除に至ったことを疑問視。

新公益連盟 代表理事の白井智子さんは、"時間が足りない”という削除理由に対して「トリッキーな感じがする」と率直な感想を述べ、「今と時代背景が違うことは子どもたちもわかると思うし、子どもたちがどう受け取るかが重要」と受け取り手の感じ方の重要性を指摘。

さらには「今の多様な子どもたちに対して、どういうふうに伝えていくことが最も効果的なのか、それを若い人たち、受け取り手の声を聞きながら考えていきたい」と望みます。

◆翻訳者が語る「はだしのゲン」の重要性

「はだしのゲン」は英語やフランス語、ドイツ語、ロシア語、韓国語、タイ語など24ヵ国語に翻訳されています。ロシア語版を担当した翻訳家の浅妻南海江さんは、1994年から7年かけて翻訳。「ヒロシマ・ナガサキという言葉は海外でも知られているが、原爆がどう落ちたのかは知られていなかった」と話しています。

そして、今回の一件については「世界で初めて原爆を落とされた都市の教育にあたる人たちが、そういうことをするのだろうかという思いがある」と忸怩たる思いを述べます。また、時代背景に補助的な説明が必要という削除理由については「ストーリーからしたら絵が助けてくれるので伝わると思う。浪曲がわからなくても、何か歌っているなというのがわかると思う」と話します。

「はだしのゲン」の翻訳を通じて、海外でも平和を伝える活動をしてきた浅妻さんは、「海外の人にも本質は伝わっている」とも。そして、日本の今後の平和教育のあり方については「広島、長崎はやはり子どもたちに積極的に学校で教えてほしい」と訴えます。

「他の自治体は必ず広島、長崎に修学旅行に行って戦争というのがどういうものだったのかということと、どのくらいの犠牲の上に自分たちはいるのかを、しっかりと認識していただきたい」と話していました。

株式会社POTETO Media代表取締役の古井康介さんは、小学生時代「はだしのゲン」ではなかったものの、戦争を題材とした漫画を読み、戦争について考えさせられたそうで「漫画だからこそ、子どもでも理解できるものがある」と語る反面、「それが必ずしも『はだしのゲン』でないとダメなのかというところは正直わからない」と素直な感想を述べます。

そして、「僕は『はだしのゲン』以外の漫画で学んだが、(『はだしのゲン』は)原爆にフォーカスした類まれなる作品だと思うので、その強みを活かしていくのは良いと思う」と補足します。

堀は、「はだしのゲン」はただ原爆について描いただけでなく「読んでいると当時の暮らしぶりもよくわかる」と話します。作中では、当時の方がどんなものを食べ、どんな話題を話し、さらには朝鮮半島をルーツにする人たちとの関わり方、彼らに対する感情、そして戦後のことまで包括的に描かれているとし、「作品自体なくなるわけではないが、(平和教育などに)上手く活用できないものかと思ってしまう」と思いを述べます。

Health for all.jp代表の茶山美鈴さんは、広島市の説明に対し「論点が2つある」と切り出します。ひとつは"現代の児童の生活実態に合わない”という理由に「そうなると今後、時代が進むにつれ時代背景が違うに決まっている。この論点だと『はだしのゲン』のような平和教育に使われる教材が生活に合わないからと、どんどん削除されてしまう」と危惧。

そして、もうひとつは"鯉盗みは誤解を与える”という言い分にも異論を唱え、「学校教育内、家庭内で教材を使って子どもに寄り添って平和教育を実践していくことが被爆国・日本として大事だと思う」と訴えます。

◆リアリティ、作者の思い…今後の平和教育のあり方とは?

キャスターの田中陽南は、過去に塾講師として小学3年生に勉強を教えたことがあり、当時の印象として「3年生はすごく幼く、素直。だからこそ盗みがしょうがないとか、そのシーンをきちんと説明してあげないといけないと、という気持ちはよくわかる」と広島市の決定を慮りつつ「(教材にする)学年を変えるとか、中学校で教えるなど、何かしらの方法で残せたら」と話し、「はだしのゲン」を教材として存続させる方法を模索します。

また、白井さんは現代社会における平和教育のあり方として「今の時代にあったリアリティのある平和教育を考えたい」と主張。

日々、ウクライナの実情が伝えられ、1年もの間戦争が終わらない状況のなか「子どもたちにどうやって戦争を伝えていけばリアリティがあるのか、私たちも答えが見つからないなか、やはり考え続けなければいけない」と話します。昨年、白井さんは子どもたちを連れて広島の原爆ドームを見学したと言い、そうした体験は「子どもたちの心には迫る。いかにリアリティを持って伝えていくかが重要」と話していました。

今回の議論を通じて、庭田さんは「ロシア語に翻訳された方の話にもあったが、鯉を盗むなどそうした細かい事実だけでなく、そこに作者のどんな"想い”が込められているのか考えてほしい」と懇願。

一発の原爆によって多くの人が亡くなり、「はだしのゲン」の作者・中沢さんも家族を失うなどつらい経験を通していろいろと考え、壮絶かつ悲惨な場面も受け手のことを配慮して精魂込めて描いたのが「はだしのゲン」であると庭田さんは力説。

庭田さん曰く、「はだしのゲン」には大きなテーマがひとつあり、それは「麦」と言います。そして、「(原爆で亡くなられた)中沢さんの父親が(生前に)『踏まれても踏まれても逞しい芽を出す麦のようになれ』という言葉を何度もおっしゃっていて、漫画のなかでも度々描かれている。原爆の惨状だけでなくて、人のやさしさや思いやり、家族愛なども描かれている」とも。

中沢さん自身、「はだしのゲン」が平和教育の教材になったことをとても喜んでいたそうで「そうした部分をもっと配慮しつつ、今後の平和教育のあり方は事実を伝えるだけでなく、そういう"想い”も含めてしっかりと伝えていくことが大事だと思う」と今後の平和教育のあり方について語っていました。

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<番組概要>
番組名:堀潤モーニングFLAG
放送日時:毎週月~金曜 7:00~8:00 「エムキャス」でも同時配信
キャスター:堀潤(ジャーナリスト)、田中陽南(TOKYO MX)
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/morning_flag/
番組Twitter:@morning_flag

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