直木賞作家・朝井まかてさん 3作目「朝星夜星」刊行 幕末の長崎舞台

「幕末から明治を庶民の目線で描いた」と語る朝井さん=長崎新聞社

 直木賞作家、朝井まかてさんの長編小説「朝星夜星(あさぼしよぼし)」が刊行された。幕末の長崎で日本初の洋食屋を始め、後に大阪でレストランとホテルを開いた草野丈吉(1840~86年)の人生を妻ゆきの視点で描く。長崎を舞台にした自身の作品はこれで3作目。このほど来崎した朝井さんは「長崎に引かれるようにして、また幕末から明治を書かせていただいた」「あの時代を庶民がどう生きたか、小説の中で体験してもらえたらうれしい」と語った。
 丈吉は長崎の貧しい農家の生まれ。出島で洗濯やコック見習いをし、オランダ総領事に雇われ西洋料理だけでなく言葉や文化も吸収。五代才助(友厚)の勧めで63年、伊良林に6畳一間のささやかな西洋料理店「良林亭」(後の自由亭)を開いた。店には陸奥宗光、後藤象二郎、岩崎弥太郎も訪れる。
 一方、丈吉の店は西洋料理を食べられない外国人にもありがたい場所だった。朝井さんは「外交や駆け引きの場を提供することで、丈吉は自ら『公に尽くそう』としたのでは」と話し、日本が侮られない西洋料理店で外交を支えたと確信する。
 物語の主人公ゆきは丸山町の引田(ひけた)屋の奥女中で、食べる姿を丈吉に見初められ夫婦になる。料理が下手で不器用。「少しボーッとした感じ」に描かれるが度胸の持ち主だ。丈吉や家族と共に働き、店に訪れる五代ら時の有名人とも交流しながら激動の時代を目撃していく。
 タイトルの「朝星夜星」は作中、丈吉の言葉に表れる。幸せそうに食べる人の様子にやりがいを感じ「料理人は朝は朝星、夜は夜星をいただくまで立ち働くったい」とゆきに話す。「丈吉は懸命に働いて料理や言葉を身に付けた。時代の要請のような現れ方だが、その根本は朝星夜星だったのでは」と朝井さんは語る。
 実は坂本龍馬らを経済的に支えた長崎の女性商人、大浦慶を主人公にした朝井さんの作品「グッドバイ」(2019年)にも自由亭が登場。その際丈吉の人生も調べ、いつか小説に書きたいと思っていたという。取材に訪れて、丈吉に関する著書のある長崎市歴史民俗資料館学芸員の永松実さんや、丈吉の料理に詳しい坂本洋司さん(全日本司厨士(しちゅうし)協会西日本地方本部理事長)にも話を聞いた。「料理は書いていて楽しかった。丈吉のオリジナル料理フーカデンなど読んで味わっていただきたい」
 登場人物の会話は長崎弁や大阪弁など土地の言葉で話される。丈吉の3人の「お妾連(めかけれん)」が現れるなど波瀾(はらん)万丈の展開もあり目が離せない。朝井さんは「名もない庶民があの時代の日本をどう生きたかというお話。歴史の記録としてだけではなく、一緒に怒ったり笑ったりしてもらえれば」と話した。
 朝井さんは1959年、大阪府生まれ。2008年デビュー。14年「恋歌」で直木賞を受賞した。長崎を舞台とした作品には、シーボルトと庭師を描いた「先生のお庭番」(2012年)もある。
 「朝星夜星」は四六判、512ページ。PHP研究所、2420円。

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