「TOPSY」(1954年、EmArcy) 初心呼び覚ますブレイ 平戸祐介のJAZZ COMBO・25

「TOPSY」のジャケット写真

 季節は春ですね。春になると私は初心を忘れてはいけないといつも思ってしまいます。それは年度初めであること、また周りにフレッシュマンの方々がいるというのも関連しているのでしょう。今回ご紹介するアルバムは1960年代のフリージャズムーブメントに貢献したピアニスト、ポール・ブレイが54年に残したアルバム「TOPSY」です。
 ブレイはデビュー当初は時代の潮流だったビバップという和声を基調とした幾何学的なモダンジャズに果敢にチャレンジしていました。その等身大の姿がこのアルバムでは捉えられています。
 ビバップと呼ばれるジャズは、演奏するのに技術と見識が大変必要です。当時ほとんどのピアニストがビバップの魅力に取りつかれ、腕を競い合っていました。ブレイはそんなピアニストたちの中でも実力は素晴らしく、そのままビバップを演奏し続け、発展させていくのだろうと思われていました。
 しかし50年代後半に、フリージャズの開祖ともいうべきサックス奏者、オーネット・コールマンやトランペット奏者のドン・チェリーらと共演を果たし、一気に先鋭的なフリージャズの世界へとかじを切ります。ちなみフリージャズとは、60年代に派生したムーブメントで、それまでのジャズの演奏形態を検証し革新した新しい前衛的なジャズのスタイルです。
 そんなフリージャズへと傾倒していったブレイにファンも当初は戸惑いの色を隠せずにいましたが、その野心たるや相当なもので、それがまた一つの魅力となりファンの心を捉えて離しませんでした。音楽の方向性は大きく変わったものの、デビュー当初からブレイが持ち合わせていた「抑制と革新」には変わりがなかったのも一因だと思います。
 フリージャズを演奏するブレイも魅力的ですがビバップを演奏するブレイはもっと魅力的です。なぜならその期間は非常に短かったからです。ビバップに挑戦していた頃のブレイが聴ける貴重なこのアルバム。聞くたびに私がジャズを始めた時のピュアな気持ちを呼び覚ましてくれます。
 ピアノトリオの決定盤ともいうべき内容ですので、自宅などのBGMとしても気軽に楽しめる1枚ですよ。新しい環境でスタートラインに立った皆さん、突っ走るだけではなく、立ち止まって初心を思い返してみる。そんな時間があっても良いのかもしれませんね。
(ジャズピアニスト、長崎市出身)

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