社説:中国反スパイ法 国益を損なう一方では

 対外的な交流の大きな足かせとなる。中国政府は国益を損なっていることを自覚するべきだ。

 全国人民代表大会(全人代)常務委員会の会議が、「反スパイ法」の改正案を可決した。7月1日に施行する。スパイ行為の定義を拡大し、締め付けが一層厳しくなるとみられる。

 「国家機密」の提供などに加え、「その他の国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料、物品」の提供や窃取、「国家機関や重要インフラなどへのサイバー攻撃」も対象となる。

 「その他のスパイ行為」という曖昧な規定は維持され、「国家の安全」の定義は明確ではない。これでは何がスパイ行為か分からず、恣意(しい)的な運用で国家機密とは言えない情報の提供まで幅広く対象にされる恐れがある。

 実際、同法が施行された2014年以降、容疑の内容が公表されないまま外国人や中国人の摘発が相次ぐ。これまでに日本人17人が拘束され、うち10人が懲役3~15年の実刑判決を受けた。

 3月にはアステラス製薬現地法人の幹部が拘束され、日中交流に携わってきた主要紙「光明日報」の元幹部が起訴された。

 逮捕や裁判は秘密裏に行われ、拘束の事実が長期間、明らかにならないことや、公開情報をやりとりしただけで違法行為と認定されたケースもある。

 当局にはスパイ行為の疑いのある人の手荷物を検査する権限も与えられた。不安から訪中を控える日本人が増えれば、ビジネスや学術交流などあらゆる分野に深刻な影響を与えかねない。

 摘発の強化は、異例の3期目に入った習近平国家主席が重視する「国家の安全」をより厳格に守るためとされる。米国との覇権争いを背景に、外国への情報流出を過剰なまでに警戒している。

 監視は国内にとどまらない。香港の女子学生が日本留学中に行った香港独立などに関する言論が問題視され、帰国後に国家安全維持法違反の疑いで逮捕されている。

 沖縄県・尖閣諸島などを巡る対立も絡み、米国と対中関係で足並みをそろえる日本を「標的にしている」との見方もある。

 中国内の日系企業から「投資には慎重にならざるを得ない」との声が出るのは当然だろう。企業活動の萎縮を招き、経済の立て直しを進める習政権にとって好ましいことは何もない。

 統制を強めるほど、国際社会の「中国離れ」が加速するばかりではないか。

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