米政界は今年、下院議長選の波乱で幕を開けた。本来なら昨年11月の中間選挙で多数派を奪い返した共和党の下院トップであっさり決まるはずだったが、議長選は15回目の投票でようやく過半数を満たし、マッカーシー氏が重責の下院議長に選ばれた。これほどの投票を重ねたのは南北戦争前までさかのぼる記録という。共和党内の保守強硬派がごねた結果で、党の深刻な危機を見せつけた。(共同通信ワシントン支局長 堀越豊裕)
▽参加型国家
ワシントンの丘の上で大きなドームが目立つ議会議事堂から、道路を隔てた東側に世界最大規模の議会図書館がある。日本の国立国会図書館に当たる。昨年暮れから一角で企画展「米国の自発的結社」が開かれている。
2年前に起きた議会襲撃事件の記憶はまだ新しい。トランプ氏が自ら敗北した大統領選の結果を認めず、支持者らが議会になだれ込んだ。こうした民主主義が危うい現代に合わせた開催だろうか。
責任者のネーサン・ドーン学芸員は「以前から計画していましたが、新型コロナウイルスの影響で中断してしまいました」と説明した。コロナによってむしろ開催の意義が深まったという。「コロナ禍で孤立感を深める人もいる中、みんなが一緒になって取り組む結社の大切さを改めて紹介したかった」と語った。
初代大統領ワシントンらが会員で秘密結社として知られるフリーメーソンから、メンバー250万人の米国ガールスカウトまで、さまざまな結社がパネルや写真を使って取り上げられている。同志が集まり、社会を築く「参加型国家」(議会図書館)の伝統を描いた。図書館は首都観光のコースに組み入れられることも多く、企画展には親子連れらの姿が多く見られた。
▽名前売りたいだけ
図書館を訪ねる数日前。議会では副大統領に次ぐ大統領継承順位の下院議長を決める選挙が連日続いていた。任期2年の米下院は選挙翌年の1月から新会期に入る。今年から第118議会が始まった。議長選は新議会最初の重要な議事である。政党は結社の最たる例だろう。下院共和党トップのマッカーシー氏が順当に選ばれるはずだったが、強硬派が頑強に反対した。
強硬派は歳出削減や規制緩和を唱える「フリーダム・コーカス」と呼ばれるグループに所属し、その中でも数人が最後まで抵抗した。トランプ前大統領に肩入れする議員が多い。均衡財政の実現に向け、歳出を抑え込むための仕掛けづくりをマッカーシー氏に求めた。「正しい男は自分を譲らない」。強硬派は議会運営で民主党と安易な妥協をしないよう、マッカーシー氏に念押しした。
議長選は異例の5日間に及んだ。下院議場を見下ろす記者席からマッカーシー氏をのぞき込むと、還暦手前の白髪はよく目立つ。気さくな人柄だが、トランプ前大統領を批判したかと思えば、すぐにすり寄る無定見ぶりでも知られる。じっと前を向いて座っている。その胸に去来するのは自省か、憤りか。なかなか過半数を得られない中、強硬派に譲歩を次々と重ねた。
▽過激化
結社は時に過激化する。大統領選の敗北を認めないトランプ氏の呼びかけに応じ議会を襲撃、扇動共謀罪などで有罪となった極右団体オースキーパーズの構成員は典型だろう。
そうした危険性を抱えながらも、政治学の権威ハーバード大のパットナム教授は、結社に基づく重層的な人のつながりが豊かな社会には不可欠だと説く。著書「ボウリング・アローン」(邦訳「孤独なボウリング」)で「結社が充実したコミュニティーは、政府を『彼らのもの』ではなく『われわれのもの』と考え、これが政府の正統性につながっている」と論じた。
トランプ氏の影響下にある共和党は有益な結社か。強硬派の多くはトランプ氏の敗北を認めていない。保守派コラムニストのブレット・スティーブンズ氏は「まともに政治に取り組んでおらず、自分の名前を売りたいだけだ」と切り捨てた。
「分断極まり、何も決まらない1年になる」(下院スタッフ)。展望は暗い。秋以降は次期大統領選モードが本格化する。