孤独な夜にぶどうぱん、一つ 「最後の受け皿」、社会の一隅を照らす通称「センター」の役割とは 神戸

受付で渡されるのは、ほんのり甘いぶどうぱん=神戸市中央区割塚通1

 86歳の「おやっさん」が消えた。神戸市のJR灘駅から西へ少し歩くと、家のない人が一夜の雨露をしのげる場所がある。通称「センター」。ここに15年以上通っていた大山幸之助さんが今年1月、突然来なくなった。どこへ? 心配する仲間や職員の話を聞くうち、社会の一隅を照らすセンターの役割が見えてきた。(小谷千穂)

15年通うおやっさんが消えた

 正式名称は「神戸市立更生援護相談所」。ちょっとお堅い。全国で唯一、自治体が直営する無料の一時宿泊施設だ。

 午後5時すぎ、大きな荷物を抱えた男性たちがぽつりぽつりと集まる。

 受付で、名前と生年月日、本籍地を記入する。

 手渡されるのは、ぶどうぱん、一つ。細長いコッペパンに紫色の小さなレーズンがちりばめられている。

 線路沿いにある3階建ての白い建物は、生活保護を受給していない彼らにとって、命綱でもある。

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 ルーツは太平洋戦争までさかのぼる。家をなくした人たちを受け入れるため、神戸市が1948年、阪急春日野道駅近くに設置した。

 今の場所に移転してから42年。現在、全国37カ所に同様の施設があるという。センターの職員は「その中でも最西端にある、最後の、最後の受け皿」と呼ぶ。

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 「あそこ行ったらぶどうぱんもらえるで」

 人から人へ、路上で情報が伝わる。食パンにジャムが付く日もある。レーズンとジャムには「一時の空腹を満たすだけではなく、優しい甘みも味わって」という職員の気配りがある。

 新型コロナウイルスが流行してから、週に3日はマスクも配る。

 その日に使うベッドの番号を決めると、朝8時までは好きに過ごせる。出入りは自由。お酒は禁止。

 毎日、30人ほどが集まる。家族を持たず、家を持たず、夜になると同じ場所に戻り、ぶどうぱんを食べ、寝床につく。

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 2022年夏、大山さんはセンターにいた。

 職員に館内放送で呼ばれ、面談室にやって来た白髪まじりの男性は、しわだらけの手を組み、パイプ椅子にもたれかかって座った。

 大きな目とがっしりした体格は、それほど老いを感じさせない。張りのある低い声で、前のめりに話す。

 「記者さん、年末の炊き出しにも来てはったなぁ」

 普段あまり会わないらしい20代の記者を前に、口調が軽くなる。身の上を尋ねると、背筋を伸ばし、少し困ったような顔をしながら、それでもよどみなく話してくれた。

 「70歳のおりから15年以上、ここに毎日来ております。神戸には40年おります」

 朝は8時に出て、喫茶店でモーニング。日中はパチンコか図書館へ。夕方、またセンターに戻る。

 80代も半ばを過ぎているから、老人ホームへの入所を職員に勧められているそうだ。でも拒んでいる。

 「みんなと世間話してわいわい言うとーほうがええ」

 他の利用者から「おやっさん」と呼ばれ、親しまれていた。

 それが年明けの1月4日、突然姿を消した。

 みんな戸惑った。「わしらに何も言わずに出て行くような人やない」

 おやっさんはどこへ行ったのか。=利用者は仮名= (この連載は全8回です)

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