粋でおしゃれ、神戸ジャズの魅力体現 和風旅館から生演奏の「聖地」に ソネを育てた創業者の足跡

ソネの店内でインタビューに応じた曽根桂子さん=2007年11月、神戸市中央区中山手通1

 創業から半世紀以上の歴史を重ねるジャズライブ&レストラン「SONE(ソネ)」(神戸市中央区中山手通1)は、一流ミュージシャンの生演奏を気軽に楽しめる場所として多くのジャズファンに愛される。粋でおしゃれ。神戸ジャズの魅力がぎゅっと詰まった空間に育てたのが、創業者の曽根桂子(1926~2010年)だ。その足跡を、生前の彼女を知る人たちの証言などからたどる。

 異人館街に向かい、新緑の山々を望む北野坂にソネはある。レンガ造りの壁、年季の入った木の柱やカウンター…。欧州のパブのような落ち着いた店内では、数々の名演が繰り広げられてきた。

 今も連日、ライブが行われる。平日の夕暮れ時、ボーカルが客に呼びかける。「どうぞ、ゆっくりとひとときをお過ごしください」。しっとりしたスタンダードナンバーの軽やかなリズムと音色に包まれるうち、聴き手の心はほどけていく。

 店の2代目で現オーナーの曽根辰夫(71)はステージのあたりを見ながらこう明かす。「子どものころ、ここには井戸水が流れる和風の庭園がありましてね。夏はスイカを冷やしてましたよ」

 今でこそ洋風のモダンな雰囲気のソネだが、もともとは和風の旅館「和香葉(わかば)」だった。店の外の風格ある石垣は旅館時代からのもので、当時の面影を残す。

 辰夫の母、桂子は、若いころは幼稚園の先生だったという明るい人柄。昭和30年代から和香葉を営み、世界的なサックス奏者渡辺貞夫(90)、歌手の淡谷のり子や江利チエミ、ハナ肇とクレージーキャッツ、ジャズピアニストの世良譲らが宿泊した。温かなおもてなしで人気を集めた。

 しかし、シングルマザーとして3人の子を育てる中、夜遅くまで続く旅館の仕事で体を壊し、ライブレストラン経営への転身を決意。1969(昭和44)年、旅館の建物を改装し、ソネを開業した。東大安田講堂の封鎖が解除され、米宇宙船アポロ11号が初の月面着陸を果たしたのと同じ年、店の近くをまだ市電が走っている頃だった。

 当時、ナイトクラブやキャバレーではプロのジャズ演奏はあったが、学生や女性らには入りにくかった。ソネは食事を楽しみながら、気軽に安価に生演奏を楽しめるライブハウスの先駆けとなった。

 生前の桂子は本紙の取材に「お店がはやるなんて思ってなかった」といい、店の信条をこう説明した。「前衛的な曲は私にもお客さんにも分からない。うちではスタンダードなスイングしか許しません」。自然と体が揺れる、心地よい調べを愛した。

 彼女の朗らかで飾らない人柄は、著名な奏者やファンを引きつけた。俳優の林隆三(1943~2014年)は20代で和香葉に初めて宿泊、その後、関西を訪れるたび顔を出した。1970年代、大阪で長期のドラマロケがあるとソネの2階に泊まり込み、毎夜ピアノを弾いてシャンソンを熱唱した。

 世界的なクラリネット奏者北村英治(94)=東京都=も57年以来、桂子と親交を温めてきた。「『笑顔』に元気をもらった。気持ちが和み、大きな船に乗っているようなゆったりした気持ちになりました」と懐かしむ。

 神戸ジャズのシンボル的存在となったソネ。桂子は83歳で亡くなるまで生涯現役で店に立ち続けた。 =敬称略= (小林伸哉)

【ソネ】1969年開業。一流のバンド演奏と神戸牛などを使った料理を提供する。2022年秋で39回目を迎えた神戸ジャズストリートでは初回から毎回会場に。ジャズ文化振興への貢献が認められて、同年度の神戸市文化活動功労賞を受けた。

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