役所さん主演男優賞

 足袋をつくる小さな会社の社長は、挫折した一人の走者のためにランニングシューズの開発を決意する。テレビドラマ「陸王」のその社長は真っすぐな人物で、ハートが熱い▲映画「うなぎ」の主人公の男はペットのウナギにしか心を開かない。映画「すばらしき世界」は、人生の長い時間を刑務所で過ごし、社会に取り残された男の姿を描く▲なぜだろう。諫早市出身の役所広司さん(67)は、素朴で不器用で、それでも心は熱く、時に孤独で、時にさえない役が多い▲ドラマで演じた織田信長のように、精悍(せいかん)な人物が「はまり役」なのに、訳あって「普通の人生」をはみ出した地味な役柄こそが際立つ。自分を大きく見せようとしない人だけが体得できる演技だろうかと、素人ながら思うことがある▲カンヌ国際映画祭で、「パーフェクトデイズ」(ビム・ベンダース監督)で主演した役所さんが男優賞に輝いた。東京の公共トイレ清掃員を演じている▲単調な日々を送る男が社交ダンスに目覚める映画「Shall we ダンス?」で、役所さん演じる主人公がつぶやく。「いい年してこんな言い方、恥ずかしいんですけど、毎日毎日、生きてるなあって感じがして」…。体の全体から染み出すような言葉を発する俳優をほかに知らない。受賞作の日本公開を待つ。(徹)

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