社説:歌舞伎俳優逮捕 舞台への影響最小限に

 歌舞伎界の屋台骨が、大きく揺らぐ事態である。

 舞台やテレビで人気の歌舞伎俳優市川猿之助(本名喜熨斗孝彦)容疑者(47)が、東京都内の自宅で母親の自殺を手助けした疑いで警視庁に逮捕された。

 事件は、先月17日午後から翌日午前にかけて起き、父親で歌舞伎俳優の市川段四郎さんも母親と同様に死亡した。同容疑者は意識がもうろうとした状態で見つかり、搬送されて入院した。

 「両親が自殺する手助けをしたことは間違いない。私も後を追って自殺するつもりでいた」と容疑を認めており、親子3人で一家心中を図ったとみられている。

 事件の衝撃は、歌舞伎界や芸能界、ファンらに広く及んでいる。残念でならない。

 警視庁は、同容疑者が逃亡したり、証拠を隠滅したりする恐れに加え、再び自殺を図る可能性も踏まえ、逮捕に踏み切ったという。

 両親の死因は、睡眠薬を服用したことによる中毒とする。同容疑者が、過去に睡眠薬を処方されていたことも確認しており、自殺との因果関係は明らかだ。

 理解し難いのは、一家心中を図った動機である。

 同容疑者は、一部週刊誌が性加害やハラスメント疑惑を報道することを事前に察知し、家族と話し合って心中を決意した、とされている。

 しかし、なぜ両親を巻き込まねばならないのか、納得できる説明は見当たらない。家族以外と相談し、心中を踏みとどまることはできなかったのだろうか。

 さらに捜査を進め、真相を明らかにしてもらいたい。

 同容疑者は2012年、伯父の市川猿翁さんの後を継いで「四代目市川猿之助」を襲名した。

 「スーパー歌舞伎」で注目された猿翁さんの路線を継承し、迫力のある立ち回りや宙乗りを披露して話題をさらった。

 漫画の世界を舞台において再現した「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」などでは、演出面での力量を示した。若手を抜擢して、プロデューサーとしての才能も発揮していた。

 このため、人気と実力によって観客を動員できる俳優として、高く評価されている。

 今後、復帰を求める声もあろうが、司法の最終判断を見極めたうえで対応すべきだ。

 歌舞伎界としては、現在の舞台への影響を、最小限にとどめるよう努めてほしい。

© 株式会社京都新聞社