特別な景色(5月28日)

 その緊張感たるや、いかほどか。体をぶつけ合う大相撲の力士は、けがと背中合わせの日々を送る。自ら選んだ道とはいえ、実に過酷な職業だ▼右膝の大けがを、どれほど恨めしく思ったか。福島市出身の若隆景。2年前の春場所で優勝した大関候補は一時、幕下まで番付を下げた。諦めはしなかった。はやる気持ちを抑え、地道にリハビリに励んだ。耐えに耐えた不屈の闘志は郷土の誇りだ。夏場所で十両優勝を果たし、幕内復帰を確実にしても、さらなる高みへの通過点でしかないのだろう▼サッカー女子元日本代表・鮫島彩さんもかつて、頂点を極めた。W杯を初めて制した決勝戦を「景色は特別だった」と振り返る。その後はいばらの道が続いた。原発事故で所属チームは活動休止しており、海外に活躍の場を求めた。右足のけがで2度目の米移籍は見送りになった。待っていたのは、つらいリハビリの日々だった▼けがから復帰し国内リーグで戦った鮫島さんは、今季で28年間の現役生活を閉じた。「想像よりはるかに学びの多い、素晴らしいサッカー人生でした」。苦難を超えてこそ見える、より特別な景色がある。幕内で2度目の賜杯に挑む若隆景も、きっと目にする。<2024.5・28>

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