タヌキの恩返し(5月31日)

 「恩を着る」。奥行きの深い日本語だ。心地良い羽毛のような誰かの優しさに包まれ、心が温かくなる。民話の題材として、幾たびも取り上げられてきた▼静岡県に伝わる「タヌキの恩返し」も、その一つ。炭焼きの夫婦は、悪さを働くタヌキに悩まされていた。夫は罠[わな]を仕掛け、1匹が捕まる。哀れに思ったのか、女房は逃がしてやった。しばらくして、大量の糸が届く。里で飛ぶように売れ、暮らしは楽になった。命を救ってもらったことへの、無言の感謝だったのだろう(「民話の部屋」)▼恩着せがましいのは、いかがなものか。6月に始まる定額減税を巡り、企業の会計担当者に困惑が広がる。家計への恩恵を実感してほしいのか。減った分を給与明細に明記するよう、政府は求めている。給与計算のシステム改修に100万円要した県内の小売業者も。残業時間が増え、「政府の都合を押し付けるのは、やめて」との声も漏れ聞こえる▼そもそも、物価高に苦しむ国民の暮らしに配慮した負担軽減策だったはず。先の選挙を見据えた政権の人気取り―と捉えられては逆効果でしかない。まさか、恩返しを期待していた訳ではあるまいが…。捕らぬタヌキの皮算用とも。〈2024.5・31〉

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