初めての危機

 手元のカードがどんなに良くても悪くても素知らぬ顔。感情を顔に出さない「ポーカーフェース」はトランプに限らず、多くの対人ゲームで、勝つための“鉄則”とされる。相手に読みの情報を余計に一つ与えてしまうことになるからだ▲将棋の藤井聡太八冠は例外的な存在と言えるかもしれない。もちろん、対局中に優勢を確信してムフフと笑いながら指すような品のないマネはしない▲だが、非勢の将棋では投了のずいぶん前から深くうなだれたり、脇息(きょうそく)にガックリもたれたりする仕草を見せることがある。負けを悟ったことが相手に知られることを心配しないのか…と思ったことがあるが▲手札を隠してゲームが進むトランプやマージャンと違って、将棋は全ての情報が盤上にある。自分が発見した自身の負け筋は、将棋盤の向こうの相手にも必ず見つけられるはずだ-と考えているのだろう。対戦相手への敬意だ▲先の名人戦で初防衛を果たし、タイトル戦の連勝記録を22に伸ばした八冠は、休む間もなく、きょう叡王戦5番勝負の第4局に臨む。ここまで1勝2敗。負ければ失冠▲過去のタイトル戦で先に追い込まれた経験は一度もなく、番勝負がフルセットまでもつれたことも一度しかない。初めて迎える危機。八冠はどんな将棋を見せてくれるだろう。(智)

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