“得体の知れない”マドリーの中心に君臨したクロース。フィジカル重視の現代サッカーで唯一無ニであり続けた【現地発コラム】

“エネルジーア”は、カルロ・アンチェロッティがたびたび口にする言葉で、スペイン語で“エネルヒーア”、英語で“エネルギー”を意味する。彼のスペイン語の発音に対する苦手意識も含めて、同じくマドリディスタに愛されたビャディン・ボスコフを思い起こさせる。

シャビとアンドレス・イニエスタが同じチームにいるときだけ通用する方程式と見なされ始めたティキタカへの回り道を経て、サッカー界の人間が新たに求めた道がエネルギーだ。シャビが繰り返し「自ら培ってきたDNAを尊重する」とアピールしようとも、その源泉だったバルセロナですらもはや伝統の流儀に忠実ではなくなっている。

ユルゲン・クロップ率いるリバプールは、その巨大なエネルギーで振り子の揺れを引き起こした。時代の潮流に乗って道を変えることはサッカー界ではよくあることで、こうしてエネルギーなしでは前に進むことができないという認識が広がった。

フェデリコ・バルベルデの主力定着、中盤強化を目的としたオーレリアン・チュアメニとエドゥアルド・カマビンガの獲得、筋骨隆々な肉体美を誇るアントニオ・リュディガーの加入に伴う守備力の向上、カリム・ベンゼマが抜けた穴を補うためのホセルの復帰など、マドリーに当てはめてみてもそれは明らかだ。

【動画】クロースがマドリー最終戦のCL決勝で絶妙アシスト
その一方で、トニ・クロースとルカ・モドリッチの共演は、死活的な危機に見舞われない限り、実現することはなくなった。筋肉よりもスキルで構成されたチームを長年、牽引してきたコンビは、前時代的と疑問視されるようになった。しかしモドリッチが限定的な出場機会にとどまる中、トニ・クロースはレギュラーの座を死守した。

それだけではない。ラ・リーガとチャンピオンズリーグ(CL)の2冠を達成した今シーズンのマドリーは、未来を予感させる無尽蔵の馬力を誇るダイナモたちよりも、クロースの尽力に負うところが大きかった。

クロースは頻繁にデュエルを制するわけではないし、相手を威圧するようなフィジカルの持ち主でもない。しかしモドリッチという不動のパートナーを失う中、偉大な戦略家にして欠かせない存在であり続けた。

長短のパスを織り交ぜながら、試合のテンポとペースをコントロールし、マドリーが試合の局面に応じたサッカーを展開するための調節弁のような役割を果たした。

ジョゼップ・グアルディオラはホルヘ・バルダーノに、CL準々決勝での対戦を前にシティのスタッフが行った集中的な研究の結果、マドリーは決まったパターンのないチームだという結論に達したと告白した。

つまるところ、得体の知れないチームというわけだ。今シーズンのマドリーの試合を毎回見てきた私を含めた大半の人間は、これ以上ないほどその考え方に賛同する。マドリーには複数のマドリーがある。そしてそのいずれのバージョンにおいても、クロースはキーパーソンとして君臨し続けた。

マドリーには、素晴らしい活躍を見せた選手は他にもいる。当初は控えの立ち位置だったリュディガーとナチョは中央の守備を引き締め、その右側には、ダニエル・カルバハルが食生活を改善することで、故障癖を克服。復活を遂げるばかりか、キャリア史上最高のシーズンを送った。

ジュード・ベリンガムは序盤、出色のパフォーマンスを披露し、ヴィニシウス・ジュニオールは2か月の戦線離脱を経て、爆発的なスピードを取り戻すとともに、驚異的なレベルアップを遂げた判断力を基に、フィニッシュワークとパススキルに磨きをかけた。

ロドリゴは得点力を発揮し、アンドリー・ルニン、ルーカス・バスケス、ブラヒム・ディアス、ホセルといったバックアッパー組も出番を与えられるたびに、貴重な働きを見せた。

もちろん全ては、アンチェロッティのマネジメントがなければ実現しなかったことだ。彼の超一流のやり繰り術があたったからこそベンゼマの退団とその後釜の獲得の見送り、長期離脱を強いられたエデル・ミリトン、ダビド・アラバ、ティボ・クルトワも含めた怪我人の続出、次から次へと訪れた試練を乗り越えることができた。

そしてその中でも最大のヒットと言えるのが、エネルジーア方式を全面的に採用することなく、クロースを軸に据え続け、さらに必要な時にはモドリッチを、間隔を空けて起用したことだった。

サッカーには強度が不可欠だ。いつの時代もそうだったが、昨今はとりわけフィジカル重視の流れが加速している。しかしそんな時代の風潮に抗うかのように、ボールを捌き、チームメイトを従わせ、試合展開に応じてチームを正しい方向に導く戦略家は今なお唯一無二の存在であり続けている。

そして今シーズンのマドリーにおいてその選手がクロースだった。少なくともあと1年、その姿を堪能したかった。

文●アルフレッド・レラーニョ(エル・パイス紙)
翻訳●下村正幸

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