けっこう時間に厳しい!? 夕闇のプールではしゃぐ山女たち「翌朝もワンチャンあるかも!」

ライズが始まる直前、気前よくフライに食いついてきた山女(撮影:杉村航)

昼間は夏のように暑かったと思えば、朝夕は冷える日が続いていますね。天候のコンディションに大きく左右されるのが渓流釣り、フライフィッシングです。まだ知らぬ初めての川を訪れるもの楽しいですが、季節を通じて同じポイントに通う釣りも学びが多く、味わい深いものです。

筆者の住む長野県北部から県境を越えて2時間足らず、信濃川水系の某川に通うようになって3年目です。そこは山女(やまめ)が主体のポイントです。水辺環境が整っていて、魚たちの餌となる水生昆虫も豊富で魅力的な場所。まだまだ浮気するつもりはありません。

■日中は夏日、低水位に一抹の不安……

見上げると、すっかり夏空になっていました。ムシトリナデシコがちらほらと咲き出した河原はカンカン照り。歩いているだけで、ウェーダーを脱ぎたくなってしまいます。流れは数日前に訪れたときより、一層水位が下がっていました。

普段は流れ込みから開きにかけて流心がぼやけ、“とろんとした” 緩やかなプールとなっているポイントです。しかし、今は水が少ないせいで川床の地形の影響が水面にも表れ、複雑なヨレとなっています。それでも前後の流れに比べれば厚みのある水が滔々と流れており、この場所に魚が溜まる理由のひとつとなっているようです。一見するとそれほど良いポイントに見えないせいか、(上流や下流では多くの釣り人を見かけますが)ここで出会ったことはありません。常に貸切状態で “ライズ(水面付近で観察できる魚の捕食行動)待ち” も気兼ねなく行えます。

水量が十分にあれば、もっと“とろんとした”色気あるプールになります

この季節、しかも晴れた昼間は魚たちが居留守を決め込んでいることは、すでに知っています。ドライフライ(水面に浮く毛ばり)はもちろん、水中に沈めるフライパターンでも、ときにタックルをルアーに変えて流しても、ごく稀にショートバイトがあるくらいです(季節がもう少し進んだり、コンディションが異なるタイミングでは反応が違います)。そこで、少し下流に移動して瀬を攻めてみましたが、まったく魚信を得られません。

膝くらいの深さのウェーディングがひんやりと心地よいのですが、数日前まで川岸の草陰で休んでいたカワゲラの姿を見かけなくなっていました。果たして、今宵は虫たちが飛び交い、魚たちが水面を割ってくれるシーンに出会えるでしょうか……。

■夕暮れ、ライズが始まる前に一匹

夕暮れ時、ときおりフライラインを煽るように西風が吹き、涼しいを通り越して一気に寒くなりました。羽織るものを車に置いてきたことを後悔しました。

カジカガエルのソプラノをBGMにしばらく流れを観察します。極小の虫たちに混ざって中型(12〜14mm程度)のカゲロウがふわふわと川面を舞っています。ウエノヒラタカゲロウでしょうか? と、魚ではなくセキレイが攫っていきました。皆、生きることに一生懸命ですね。

ティペットの先に褐色のボディのコンパラダン(フライパターンの一種)を結びました。上流からさざ波に漂い流れていくフライ。小さな水飛沫と共にフライが消えました。すかさずラインを引きながら、ロッドに角度をつけます。川床に引き込むような重みにロッドティップが追従します。じわじわと寄せてネットイン。ギラリと銀色に輝く魚体、ナイスプロポーションの山女が僕を睨んでいました。

■盛大に上がる水飛沫! 山女たちのパーティーが開宴

太陽が隠れた後、色づく川面。これくらいから虫たちの量が増え、ライズが始まります

やがて徐々に始まったライズは、昼間の心配をよそに一気に盛り上がりました。夕闇迫るプールは、まるで山女たちのパーティー状態です。

気がつけば、虫たちもその密度を増しており、種類も数多。ただすでに辺りは薄暗く、判別しづらいです。とにかく、時間と共に虫たちの種類は目まぐるしく変わっていきます。交尾しながら飛翔しているもの、産卵をしながらホバリングしているもの、風に流されるように小さな群れで移動しているもの。奇妙な異物が流下しているのに気づき目を凝らすと、カワゲラがポツリポツリと水面を漂っていました。

その間にもポイントの至るところで魚たちが水面を割り、何度も見た光景なのに圧倒されてしまいます。ときに派手な水飛沫と共に激しい音が流れに響きます。なかには気前よく全身をあらわにして水面を横っ飛びしていく山女も。優に30cmを超える、ゴージャスな銀ピカボディです。虫たちの種類の多さとライズフォームが違いすぎて、相変わらず経験不足の筆者は焦りながら次から次へとフライを変えて流すことしかできませんでした。

西の空の残照がすっかり消える頃、ライズも収まりました。辺りは闇に覆われ、離れた車道を走る車のライトがときおり川面に反射します。前回(数日前)釣れたフライは、今宵はもう通じません。涎が出そうなほど悩ましい山女の姿を脳裏に焼き付けるだけでしたが、負け惜しみではなく幸せな気持ちで車へと戻りました。

■モーニングコーヒーの前、ワンチャンあるかも!

東の空がうっすら明るみ出した頃、山あいにたなびく雲が薄紅色に染まり、ぼんやりとした山々の境界線が徐々にはっきりとしてきます。のんびりと川を眺めながらコーヒーを飲みたいところですが、早起きの山女が寝ぼけまなこ状態(勝手なイメージです)のうちに勝負したいところです。

朝4時半の水温は12.3℃でした。どこか語呂がいい数字の並びに励まされるように釣りを始めます。虫たちも少し飛んでいましたが、それより水面を流下する虫に注目していると、申し訳程度、まさに寝起きを感じさせるような控えめなライズを見逃しません。水面に張り付くような羽を広げた状態を模したフライをそっと流すと、スローモーションのように水面下に魚の横顔が見えました。しっかりとフライを咥えた山女、ワンチャンありました。

今年は昨年に続き山々の積雪が少なかったせいで、すでに川の水量が減っています。このままでは簡単に水温が上がり、問題になっている外来種の藻の繁殖にも繋がってしまいそう。災害にならない程度、山と川に潤いをもたらしてくれる雨が継続して降り続けてくれることに期待するばかりです。

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