「バイアグラ飲み...犯行時の記憶はない」生涯の恩人と崇める組長(77)の首を出刃包丁で 元暴力団組員の男は何故刺した?

「殺意は初めからありません。そこは譲りたくないです」

岡山地裁で開かれた初公判で、証言台に立った元暴力団組員の被告の男(71)は、真っ直ぐ前を向き、はっきりとした強い口調で起訴内容を否認した。

池田組傘下の組長の首を出刃包丁で...「殺意はなかった」

起訴状などによると、被告の男は2023年4月10日、指定暴力団・池田組傘下の組長(当時77)の首を、刃渡り約15.5cmの出刃包丁で1回突き刺して殺害しようとしたとして、殺人未遂などの罪に問われた。

被告の男は、組長を刺した事実は認めたものの、殺意については否定。裁判では「殺人の故意(=殺意)の有無」が争点となった。

組長とは50年以上の付き合い 「頭(かしら)」と呼び尊敬

検察側の冒頭陳述によると、被告の男は別の罪で過去に服役していたが、出所した2022年2月ごろから岡山市にある、被害者である組長の家を定期的に訪れるようになった。

その理由は、かつて同じ暴力団に所属していた縁から交流を続けていて、さらに被告の男が服役中に亡くなった、兄貴分の位牌があったからだ。被告の男は、当時岡山県津山市に住んでいたが、世話になった兄貴分の供養のため毎月のように組長の家を訪れていた。

そんななか、ある日組長から「兄貴分が遺したメモ」が出てきた、と告げられる。

「お前、兄貴分に借金しとろ」それでも組長はメモを見せてくれず

「毎月供養やっとる理由が分かったわ、おまえ兄貴分に借金しとろ。帳面が出てきたわ」

被告の男は2022年9月~10月ごろ、組長からこう告げられたと言う。しかし、組長は肝心の「メモ」そのもの自体は見せてくれなかった。

兄貴分に借金をしたことは過去何百回とあったが、ほとんど返済していた認識だった被告の男は、「何かの間違いであってほしい」と思った。しかし、尊敬する組長に「メモを見せるよう」指図などできなかった。

それと同時に、この頃からメモを見せようとしない組長に対し、不信感や怒りを募らせるようになった。

被告の男 自宅から出刃包丁を持参し組長の家へ

メモをこの目で確かめたい――。被告の男はそう願い、いつものように「組長の家に行かせてほしい」と電話。兄貴分のお供え物に加えて、この日は出刃包丁もカバンに入れ自宅を出た。

事件前日の2023年4月9日、被告の男はバイアグラを飲み、翌日10日にはカフェイン入りの清涼飲料水を飲んで、組長の家を訪れた。しかし、外に出てきた組長の手にメモは無かった。

被告の男は、組長に敷地内のベンチに案内され話していたが、その後も一向にメモの話は出ない。被告の男はだんだん頭が痛くなり、帰ることを決意。「帰ります」と伝えると組長は勝手口に向かって歩き出した。被告の男も後ろをついて勝手口に向かう。

「痛い!」

組長の叫び声で、被告の男は、右手で血の付いた出刃包丁を握っていることに気がついた。組長は、後頸部やや左寄りを1回突き刺され、刺創は最深部は約10cmに達していたという。

のちに裁判で「この時の記憶は全くない」と語った被告の男は、苦しむ組長を横目にそのままタクシーで警察署に向かい自首した。組長は幸いにも全治2週間程度の傷害にとどまった。

また「記憶がない」理由は、被告の男は前日に飲んだバイアグラと当日に飲んだカフェイン入りの清涼飲料水の作用しか考えられないと主張した。

なぜ組長の首を刺したのか 被告人質問で男が語ったこと

~弁護側の被告人質問~

(弁護側)
「事件当日、組長の家に行った目的は」
(被告の男)
「兄貴分の供養と、(借金についての)メモを見せてほしいという願いを持って」

(弁護側)
「なぜ出刃包丁を持参したのか」
(被告の男)
「メモを見て間違いがなければ、指をつめて責任を取ろうと思いました」

(弁護側)
「なぜ指をつめようとしたのか」
(被告の男)
「自分ができないことについては、指をつめる習慣がある。借金問題を収めるために指をつめようと…」

被告の男は出刃包丁を持参した理由について、自らの指をつめるためだったと主張。弁護側は続けて事件当時について質問した。

(弁護側)
「なぜ刺してしまったのか」
(被告の男)
「その時の記憶は本当に無いですが、可能性としてはメモを見せてもらえなかったという深層心理だけです」

(弁護側)
「首の後ろを狙って刺したか」
(被告の男)
「そんなことはないです。頭(組長)に対して狙うなんて気持ちはない。頭に対する忠誠心は自他ともに認めています」

また弁護側から「組長は自身にとってどんな人か」問われると、被告の男は「尊敬できる人。入所当時から大事にしてくれて…生涯の恩人です…」と言葉に詰まる場面もあった。

被告の男は「ご迷惑をかけた。寛大な判決をお願いします」判決は

検察側は
「被告が刃渡り約15.5cmの出刃包丁で被害者の首を深く刺したことは、人が死ぬ危険性を十分認識したうえでの行動であり、明確な殺害の意図がある」

と指摘。

また、被告の男が指をつめるために出刃包丁を持参したと弁解していることについては、

「組長の家に着いて約10分後に刺していて、かつ会話中に借金のメモに関する言動が一切ないことから全く信用できない」

バイアグラと清涼飲料水の作用で記憶がなくなった、と主張する点については、

「意識障害等の副作用が生じることは考え難い」

などとして懲役10年を求刑した。

一方弁護側は
「被告は組長が嘘をつく性格ではないと思い、借金についてのメモが本当であるならば、指をつめるしかないと考えて出刃包丁を持参した」

また、事件当時については
「組長の首を狙って刺したわけではなく、たまたま振り下ろしたのが首だっただけで被告に殺意は無かった。殺人未遂罪ではなく傷害罪にとどまる」

などとして懲役4年が妥当であると主張した。

そして、被告の男は最終弁論で「ご迷惑をかけた。寛大な判決をお願いします」と述べた。

判決を受け被告の男「これを最後に大好きな後楽園にも行かない」

迎えた判決公判――。白いYシャツを身にまとい出廷した被告の男は、裁判長に深々と一礼し証言台に向かった。

岡山地裁の本村曉宏裁判長は、

「相当に強い力で被害者の首へ出刃包丁を深く刺しており、強固な殺意に基づく危険かつ悪質な犯行である」

「被害者の負った傷害が比較的軽いものにとどまったことは、幸運であったというべきである」

などと被告の男の殺意を認定。殺人未遂罪が成立するとして、懲役9年の判決を言い渡した。

被告の男は
「これを最後に岡山には足を踏み入れない。大好きな後楽園にも行かない。頭(組長)に合わす顔がないんです…精一杯つぐないの気持ちで生きていきます」

と語っている。

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