決めていますか?避難の基準 大雨災害から自分と大切な人を守る『心配性バイアス』とは

災害時に命を守るため、避難行動を始める基準を『逃げるスイッチ』といいます。皆さんは『逃げるスイッチ』を決めていますか?

熊本市中央区のアーケード街でインタビューした約50人の内、『逃げるスイッチ』を決めていると答えたのは21人。大雨警報や避難指示を基準にしている人もいれば、「感覚」や「周りが逃げていたら」など、曖昧な人もいました。そして「決めていない」という回答が26人と、決めている人を上回る結果となりました。

『逃げるスイッチ』を決めている(21人)
(例)
■大雨警報や避難指示
■近くの河川の様子
■周りが逃げていたら逃げる

『逃げるスイッチ』を決めていない(26人)
(例)
■危険性のない場所だから
■これまで水害にあったことがないから
■考えたことがなかったから

全国で梅雨入りの発表が進み、線状降水帯が発生する地域もあるなど、いよいよ本格的な雨の季節を迎えます。アンケートでは半分以上の人が『逃げるスイッチ』を持っていないという状況で、早期避難を実現させるにはどうすれば良いのか、自治体や専門家に聞きました。

見ていますか?ハザードマップ

自治体は、まずはハザードマップで自分が住んでいる場所の危険性を確認しておくことが大切だと話します。

熊本市 防災対策課 吉永浩伸審議員「避難というのは難を逃れるということになるので、避難が必要ない方はやっぱりいらっしゃる。避難が必要かどうかをまずは知っていただきたい。本当に自分が安全なのか、安全なところに住んでいるのかどうか考えて、『今まで大丈夫だったから』という考えはもう持たないでいただきたい」

「避難を自分事に」は簡単ではない

災害の危険性を知る上で重要な判断の基準となるハザードマップを、実際に街の人に見てもらいました。

「ピンクだったら浸水想定が3m~5m未満。初めて見ました」(30代)
「怖いですね、ちょっとやっぱり」(20代)

初めて知る自宅の災害リスクに驚く人がいる一方で、実感がわかないという人もいました。

「赤いね。近くに江津湖があるけんかな?」(10代)
「だけど、危険感じたことないから実感もわかないし、わからない」(10代)

全国で頻発する豪雨災害を「自分の身に起こるかもしれない」と考えて避難に繋げることは、心理学の分野から防災を考える“防災心理学”の観点でも簡単ではなさそうです。

防災心理学が専門 京都大学 矢守克也 教授「人は常に今やっていることをそのまま続けることが一番快適。快適な家から離れて避難する場合、相当大きな力で背中を押されないと、避難というアクションに移れないのが普通」

では、どうすれば私たちは『逃げるスイッチ』をオンにできるのでしょうか。

3つの『逃げるスイッチ』

矢守教授は、『逃げるスイッチ』を1つだけではなく3つ持っておくべきだと話します。

①「情報」
自治体や気象台、ネットなどから得られる様々な情報を集める。

②「身の回りの異変」
河川の様子や雨の音など異変に気付けるかが大切。

③「他者の行動」
周りが声をかけたり、実際に避難している姿を見たりすることも大きなスイッチになる。

矢守教授は「情報だけに頼っていると、スマホがダウンした途端に判断する力がなくなってしまう」といいます。1つのスイッチだけに頼らず3つのスイッチを持っておくことで、適切な避難行動に繋がるということです。

「それほどないリスク」も意識する

矢守教授は避難を自分事として捉えるために『心配性(しんぱいしょう)バイアス』という言葉を提唱しています。異常が発生した時に正常の範囲内と思ってしまう心理学用語「正常性バイアス(例:火災報知機が鳴る→誤作動かな?)」とは逆の心理状態のことです。

人間は正常性バイアスだけでなく、この『心配性バイアス』に陥ることもあると言います。

例えば「わが子が知らない人について行ってしまって誘拐されてしまうのではないか」「高齢の親が転倒して大けがをするのではないか」など、確率的に言えばそれほどないリスクを非常に心配するという経験はありませんか?

矢守教授は、防災の場面で正常性バイアスに陥ることが問題なのであれば、こういった『心配性バイアス』が働くように工夫して防災対策を進めると良いとしています。

そして『心配性バイアス』を働かせるためには、自分にとって一番大切な人のことから考え始めることが大切です。

「孫のため」「親のため」に何ができる?

「一番大切な人のことから考える」取り組みにはどんな事例があるのでしょうか?

事例①:孫のための防災教室
高齢者に「災害時、孫を守れますか?」という講座を開いたところ、嫌がっていたスマホを勉強し始めたり、避難所の場所を調べたり、防災グッズを持って出かけたりするようになった。

事例②:親孝行耐震化
「地震は大丈夫だろう」「先も長くないので耐震化はしなくていいかな…」という親の家の耐震化をさせるために、子どもに「実家の耐震化をしませんか?」と働きかける

事例②:防災グッズを贈ろう
大切な誰かに”防災グッズ”をプレゼントして、自分用にも買うきっかけにする

防災について考える時、まずは「大切な人を守るためにどうすれば良いのか」を考える。それが、自分や周囲の命を守ることにつながるかもしれません。

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矢守克也 教授
京都大学防災研究所 副所長
著書に『防災心理学入門』など
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