心の樹液

 十数年前、東京・赤坂の小さなショーホールを訪ねたことがある。佐世保出身のシャンソン歌手、古賀力(つとむ)さんに会うためで、フランスの古い曲に、当時70代の古賀さんは佐世保空襲の体験に基づく創作詞を乗せて歌った▲〈夏の日の夜/あの空襲/オルガンと一緒に先生は死んでいた/少年時代の悲しいあの日〉。淡々と語るような曲が、東京の一角で何十年も歌われていることに胸を突かれた。古賀さんは6年前に亡くなったが、この先、歌い継がれることがあるのかどうか▲木々は樹皮に傷を負うと、まるで涙を流すように樹液を流す。空襲、原爆の体験談、そして追想の歌を見聞きすると、それらを被災者の心から流れ出す樹液のように思うことがある▲死者1200人を超えるとされる佐世保空襲から79年。きのうの紙面には、親族7人を失った山口廣光さんの凄絶(せいぜつ)な体験が記されていた。85歳にして心の樹液が絶えないことを知る▲佐世保空襲犠牲者遺族会は会員数の減少や高齢化によってこの春に解散し、「語り継ぐ会」の平均年齢も70歳を超えている。佐世保空襲に限らないが、若い人による目立った継承の動きは見られないという▲樹液は長い長い時を経て固まり、琥珀(こはく)になる。涙が凝縮した琥珀の重みを、手触りを、今日は感じる日でもある。(徹)

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