【追う! マイ・カナガワ】出征前の写真、持ち主は?(上) 手掛かりは「M・Sさん」

鎌田さんの手元にある家族写真。鶴岡八幡宮の境内で写されている(鎌田さん提供)

 「出征前に撮影された家族写真が、身内の方に戻る一助を担ってもらえないか」。そんな依頼が「追う! マイ・カナガワ」取材班に届いた。鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市雪ノ下)で撮られ、家族ら8人が並ぶモノクロ写真。裏側には「昭和十九年 ヒリツピンへ出征前 鎌倉 八幡宮前で」と書かれ、男性はフィリピンで戦死したとの記述も。写真を手に取材を進めた記者は、平和の尊さを実感することになった。

 最初に情報を寄せてくれたのは藤沢市の男性。フェイスブックで「親族の方にお返ししたいが手立てがない」と写真の持ち主を捜す投稿を見つけたという。

 記者は、写真を投稿した、都内で古物販売などを営む鎌田美和さん(47)に話を聞いた。昨秋、仕入れ後に保管していた古い切手アルバムを開けた際、1枚の写真がひらりと落ち、戦地に向かった男性の家族写真に出合ったという。

 所有者が分からず「大事なものではと思い、お節介かもしれないけれど、何かできないか考えた」と鎌田さん。フェイスブックの投稿は約3千回拡散され、「家族が見つかると良いですね」などとコメントがあふれていた。記者も共感し、取材を始めた。

◆厚労省や県に相談 重い言葉も

 鎌田さんは、戦没者らの遺留品の調査を担当する厚生労働省にも相談していた。写真を送って事情を説明したというが、返事はこうだった。

 「写真は戦後に親族間で譲渡されたものと思われ、調査対象ではない。お気持ちに沿えず、申し訳ありません」

 記者も、旧日本軍の記録を持つ同省や県に問い合わせたが、「ご遺族の依頼でなければ名前や部隊の開示はできない」という。確かに、個人情報を見ず知らずの人に渡すわけにはいかないだろう。

 同省が調べる遺留品は寄せ書きされた日章旗や手紙など。戦後76年の今も、遺品整理などで持ち主不明のものが国内外で見つかるほか、オークションに出品されたことに心を痛めた人からも報告が寄せられる。

 同省は日本遺族会と協力し、持ち主を調べ遺族らに受け取る意思がある場合に返している。昨年度は約400件の依頼を受け、前年度までの依頼も含め約150件を返還したという。

 「戦地で亡くなって遺品や遺骨がない方にとって唯一の形見になる場合もある一方で、『どう保管して良いか分からない』などと返還の意思がない方もいます」。重い言葉だった。

◆M・Sさん 県人口2.2%

 写真の裏には、戦死した男性(イニシャルはM・Sさん)や家族の名前も書かれていた。この線から何かたどれるか、川崎市在住の名字研究家・森岡浩さん(60)に話を聞いてみた。

 「1944年に県内にこの名字がどれだけいたか確認できる資料はないが、現在この名字は県人口の約2.2%と推定され、当時もこの数字に大きな変動はないでしょう。同姓同名も多数いたと思われます」。名前からたどっていくことは難しそうだった。

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