<いまを生きる 長崎のコロナ禍>留学生母の出産 「産みたくても産めない」なくす 困窮の妊婦救う団体

 「体重はもうすぐ6キロになります」-。6月下旬、長崎県諫早市内。鎮西学院大のベトナム人留学生、ブイ・ハイ・タィンさん(28)が腕の中のわが子に慈しみのまなざしを向けた。新型コロナウイルス禍で里帰り出産ができず、経済的、精神的不安に押しつぶされそうだったタィンさん夫婦を救ったのは、民間団体「諫早いのちを大切にする会」(宮下昌子代表)など日本側の支援だった。
 日本のアニメなどにはまり、ハノイ大日本語学部に進んだタィンさんは2016年に来日。留学生仲間で同じハノイ市出身のグェン・クァン・トアンさん(34)と17年に結婚した。妊娠が分かったのは昨年8月のことだ。
 帰国は諦めざるを得なかった。コロナ禍や妊娠で飲食店での夫婦のバイト時間も減り、2人で月に計18万円あった収入は半分程度に。家賃などを払うと足が出たが、互いの実家もコロナで困窮し、仕送りはしてもらえない。出産費用は工面できるだろうか、産み育てられるのか-。時同じくして、実母にがんが見つかった。心配が重なり「夫と何度も泣いた」。
 医師の宮下代表が働く産婦人科を外来で訪れ、同会を紹介されたのは、そんな最中だった。同会はNPO法人「円ブリオ基金センター」(東京)の諫早の相談窓口。8週までの胎児を「エンブリオ」と呼ぶことから、同センターは「エン」と円をかけて1口1円の募金を呼び掛け、経済的事情を抱える妊婦に出産費、健診費を支援している。昨年発足した同会は、医療機関や飲食店など諫早市内約200カ所に募金箱を設置。初年度は6人、本年度は4人を支援し(6月25日現在)、新しい命が守られた。留学生は初めてだった。

わが子をいとおしそうに見詰めるタィンさん=諫早市内

 タィンさんは5月、帝王切開で男児を出産。国民健康保険の出産一時金(42万円)を除いた自己負担分約4万5千円が同センターから、祝い金1万円が同会から支給された。同会の松本幸子副代表(72)は「本人は非常に不安がっていた。『安心して産んでいいからね』と言葉を掛けると、安堵(あんど)した様子だった」と振り返る。
 鎮西学院大はコロナで困窮する留学生らに対し、農家や卒業生から寄せられた米、野菜などを無料配布。バイト先の経営者もお金を立て替えてくれた。多くの善意に支えられ、「皆さんに感謝しています」(タィンさん)。
 未来を明るく照らす人になってほしいと、子どもには灯台を意味する「ハイ・ダン」と名付けた。「ベトナム語と日本語で育てたい。将来、日本と関わりがある仕事に就いてくれたら」。経済的に苦しい状況は変わらず、不安は尽きないが、今は家族3人の時間を大切に生きていこうと思っている。
◇    ◇
 一方、「大村いのちを大切にする会」によると、コロナ禍による経済的理由などから出産をためらう女性は増加傾向にある。「コロナ禍で諦めてしまう命があってはいけない」。関係者はそう訴える。
 「よう頑張って産んでくれたね。うれしかー」
 5月末、島原市内を訪れた「大村いのちを大切にする会」の梅野弘子副代表(74)は、1週間前に男児を出産したばかりのヨウコ(37)=仮名・同市在住=に優しく語り掛けた。

1週間前に出産したヨウコに語り掛ける梅野副代表=島原市内

 ヨウコはシングルマザー。男児の父親には妻がいる。離婚した元夫との間に生まれた6歳の男児も育てている。「家庭を持つ相手の迷惑も考えたけれど…」。もともと不妊症で、簡単には2人目を授かれないと思っていただけに「産みたい」という思いの方が強かった。
 市内でパート調理員をしているが、妊娠が分かってからは勤務時間を減らされ、給与は月7万円ほどになった。少しでも条件の良い職を探したが、「新型コロナの影響もあって難しかった」。出産に備えて4月からは休職。カードローンも借り入れ上限に達し、生活や医療費に困り果てて市に相談したところ、紹介されたのが同会だった。
 「いのちを大切にする会」は県組織のほか長崎、諫早、大村の3市にある。このうち大村は、1978年発足の「大村家庭教育を考える会」のメンバーが中心となって99年に設立し、大村、佐世保、島原地区を担当。未成年で妊娠したり、相手の男性に出産を認めてもらえなかったりと、さまざまな理由で悩む女性の相談に乗り、支えてきた。

県内の「いのちを大切にする会」問い合わせ先

 寄付や会員約110人の会費で運営。NPO法人「円ブリオ基金センター」を通じて出産費などを助成し、生活難の妊婦とやりとりを続けるため、携帯電話料金を負担したこともあった。これまで守った赤ちゃんの命は200人近い。昨年度は10人を支援。ヨウコには出産費のほか、浄財から祝い金2万円を贈った。
 ヨウコのように経済的に追い詰められる妊婦はコロナ禍で増加傾向にある、と梅野副代表は感じている。「妊娠8カ月だが、夫が失職し、お金が無い」「既に子どもが4人いるのに収入が激減した」といった悲鳴にも似た声が届いた。
 梅野副代表は「出産後に対する公的な支援体制は充実しているが、産む前はまだ不十分」と指摘。もう一人の副代表で、円ブリオ基金センター理事も務める坂元威佐さん(77)も「産みたくても産めない状況にある人が安心して出産に臨める環境が必要。相談することで救える命がある」と広く訴える。
 先日、ヨウコから梅野副代表に届いた手紙には「差し伸べられた手のことを(周囲の人にも)伝えていきたい」とつづられていた。今後の生活に不安はあるが、わが子のためにベビーベッドを作るのが楽しみという。
 「妊婦からの相談は、おなかの赤ちゃんからの『産まれたい』というSOS。新型コロナで諦める命があってはいけない」と梅野副代表。一人でも多くの女性に会を知ってもらい、命をつなぎたいと思っている。

© 株式会社長崎新聞社