荒廃進む日本棚田百選「谷水棚田」 過疎・高齢化進み保全困難

まるで鏡面のような美しい絶景を描いた昨年の谷水棚田の一部=南島原市(左) 昨年とは風景が一変した谷水棚田の一部

 長崎県南島原市南有馬町の中山間地域にある日本棚田百選「谷水(たにみず)棚田」の荒廃が進んでいる。環境の保全や美しい農村風景の形成、伝統文化の継承など多面的な機能を果たしてきたが、地域の過疎・高齢化が進み景観の保全が難しくなっているのだ。「この原風景も自分の代で見納め」。地域住民からはこんな寂しいつぶやきが漏れる。

▼8%
 棚田とは、山あいの斜面に階段状に作られた田んぼのこと。山の奥深い自然豊かな土地のきれいな水と、昼夜の寒暖差がおいしい米を育む。棚田ネットワーク事務局(東京)によると、日本にある約250万ヘクタールの水田のうち約22万ヘクタール(8%)が棚田だ。
 谷水棚田は標高約140~200メートルに位置し、面積は約4.5ヘクタール。眼下に有明海と天草諸島を望み、5~6月のいさり火と水田の調和は息をのむ光景だ。1996年に「美しい日本のむら景観コンテスト」で最高賞の農林水産大臣賞を受賞した。99年には「日本の棚田百選」(県内6カ所)に認定された。他の5カ所は鬼木の棚田(東彼波佐見町)、土谷棚田(松浦市)、日向の棚田(東彼川棚町)、大中尾棚田(長崎市)、清水の棚田(雲仙市)。

▼3戸
 最近、記者が谷水棚田を訪れると、昨年まで写真愛好家に撮影スポットとして知られていた地点の案内看板は撤去されていた。鏡面のように輝いていた田んぼは干からび、雑草が生い茂る状態。市農村整備課の調べでは、最盛期の農家戸数は20戸だったが、現在はわずか3戸。作付面積は3分の1程度になった。
 同事務局は「棚田は傾斜地のため『労力は2倍、収量は半分』とされる。後継者不足や減反政策の影響で耕作放棄が広がり、全国で約4割の棚田が消えた」という。谷水集落で今も農業を営む田中千代美さん(63)も「狭い場所はあぜの手入れが大変。私たちの田んぼも約3割は耕作放棄地。自分たちの代で棚田は終わりかも」と憂う。

▼復田
 一方、「日本の原風景を守ろう」と耕作放棄地を復田する動きも全国で広がっている。都会からU・Iターンした若い世代の人たちが、▽棚田を活用した農村交流体験イベント▽棚田の風景を会員制交流サイト(SNS)で発信し魅力をPR▽棚田オーナー制度の導入や景観を生かしたイベントの開催-など精力的に活動。県内でもこうした事例が出てきている。
 国や自治体も、自然環境の保全や景観の形成などを目的に棚田の崩壊を食い止めようとしている。2019年に施行された棚田地域振興法は、各地域の棚田について、住民らが「地域振興活動計画」をつくり認定されれば行政の支援が得られる仕組みを整えた。県内では今年3月現在、大中尾棚田、土谷棚田、春日の棚田(平戸)、上山の棚田(対馬市)など計7カ所が対象地域となっている。
 谷水棚田は対象外。「自分たちだけの力では保全は無理。(市など)行政や民間の後押しがあれば」。田中さんは、保全に向けた機運の盛り上がりに期待をつないでいる。

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