筆に願いを

 〈…出産した時/真っ先きに思ったことは/この子の一生に絶対に皆が不幸になる戦争がありません様にと祈ることでした〉は、8歳で原爆に遭い、生き抜いて母親になった被爆者の言葉。〈原子爆弾は長崎でおしまい/長崎がピリオッド〉は永井隆博士の言葉だ▲文字には音がない。なのに、一つ一つの作品から「声」が聞こえてくる。平和を祈る声、世界に叫ぶ声、未来を呼ぶ声。長崎市の書道講師、森田孝子さんが長崎新聞社1階ホールで開催中の個展から▲原爆死没者名簿の筆耕を務めるようになって20年。お名前はそれぞれが生きた証-と一文字一文字に思いを込めてきた。名簿に刻まれる人数が年を追うごとに増える。被爆者の高齢化とその先の“いなくなる日”を誰より体感している一人かもしれない▲書道教室の生徒たちの作品が一緒に並んでいる。純心高の2年生は〈未来への希望と夢を虹色の鶴に折る〉と合唱曲「千羽鶴」の一節を記した▲講話で訪れた野母崎小の児童の作品も。〈心やさしい仲間をきづかえる人になりたい〉〈戦争がおこらない世界〉〈毎日が宝物〉〈幸せだから笑う泣く〉〈何もうばわない〉▲〈何げない穏やかな一日の大切さを愛おしむ〉-筆に込めた森田さんの願いは、静かに、確かに次の世代へ。作品展は21日まで。(智)

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