COP26閉幕で日本はどうすべきか、リスクとなり得る2つの論点と「1.5度特別報告書」の威力

11月13日に、第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が、成果文書である「グラスゴー気候合意」を採択し、閉幕しました。最終的に採択された「グラスゴー気候合意」では、各国の2週間にわたる議論の成果が反映されています。

石炭火力発電の段階的削減や化石燃料への補助金の段階的廃止が盛り込まれたほか、途上国の気候変動への適応(気候変動による悪影響を軽減させるための対応)を支援するための先進国の支援資金額を、2025年までに2019年対比で2倍に増額することなどが確認されました。さらに最も重要なのは世界全体の気温上昇を1.5度に抑える重要性が強調されたことでしょう。

このように様々な内容が盛り込まれた「グラスゴー気候合意」の詳細と、その評価について解説します。

<写真:代表撮影/ロイター/アフロ>


前提となる「パリ協定」と「1.5度特別報告書」

各国が気候変動対応を強化させる契機となったのは、2015年のCOP21で採択されたパリ協定です。このパリ協定において、各国は「世界の平均気温の上昇を工業化以前に比べて2度より十分下回る水準に保つとともに、1.5度に抑える努力を追及する」という国際目標を掲げました。

また、この時点では気温の上昇が1.5度の場合と2度の場合とで、どのような影響の違いがあるのかが分からなかったため、UNFCCC(国連気候変動枠組み条約)はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)に1.5度の気温上昇による影響の分析を指示しました。

この指示に基づきIPCCが2018年に発表したのが、「1.5度特別報告書」です。この報告書において、1.5度と比べて、2度の気温上昇は異常気象や海面上昇などといった様々な面でより甚大な被害を引き起こすリスクがあるということ、そして気温上昇を1.5度に抑えるためには、2050年までに温室効果ガスの排出量をネットゼロにする必要があるということが科学的な分析結果として示されました。

採択された「グラスゴー気候合意」では、この1.5度と2度の気温上昇による影響の差異、そして1.5度に抑えるという目標を達成するためには2050年ネットゼロを実現する必要があることが確認されており、「1.5度特別報告書」で示された科学的知見が反映されたと評価されます。

2050年ネットゼロの経済活動に対するメリット

それでは、今回の「グラスゴー気候合意」で強調された1.5度目標、及び1.5度目標と整合する2050年ネットゼロを目指すことは、経済活動にどのようなメリットがあるのでしょうか。

世界各国の中央銀行や金融監督当局で構成される国際組織「気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)」が今年の6月に示したシナリオ分析では、追加の気候変動対策が講じられなかった場合、2050年時点で世界のGDPは5%近く押し下げられることが示唆されています。同時に、NGFSは、2050年ネットゼロに向けた移行が秩序立って行われた場合、対策無しのシナリオと比べ世界経済の落ち込みを大幅に軽減することが可能であることを分析内で示唆しています。

一方、英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)も、同じく6月に気候変動リスクによるシナリオ分析の内容を公表し、その中で気候変動の2つのリスクである、物理的リスク(自然災害や気候の変化などによる直接的なリスク)及び移行リスク(脱炭素化の過程で規制などが変化するリスク)による世界経済への影響の見通しも示しました。

BOEの分析では、気候変動対策を取らなかったシナリオでは、世界のGDPはおよそ13%程度押し下げられるとされています。一方、2050年ネットゼロに向けた移行が早期に進展するシナリオでは、世界のGDPの押し下げはおよそ1.6%程度に抑えられるとの見通しが示されています。

BOEは、対策無しシナリオでは気候変動による気温や湿度の変化によって途上国を中心に労働力や農業の生産性が低下するほか、異常気象の激甚化・頻発化によって資本ストックが損害を受け、生産性が落ち込むことなどを見通しの主な根拠として挙げています。他方、早期移行シナリオについては、炭素価格の上昇などによる化石燃料のコスト変化が、一部の業種の企業収益を圧迫するものの、再生可能エネルギーへの投資が増えるため、エネルギー効率は上昇すると、BOEは説明しています。

NGFS、BOEのいずれも気候変動リスクの経済への影響の見通しには高い不確実性が伴うとしています。しかし両者とも、「グラスゴー気候合意」で強調された1.5度目標と整合する2050年ネットゼロへの移行を早期に進めることで、気候変動リスクによる経済的な損失を大幅に軽減できるとする見通しを示しており、経済の観点から1.5度目標を目指す意義を示唆しています。

日本経済に影響を及ぼし得る2つのコミットメント

COP26の会期中に、各国共同の様々なコミットメントが発表されました。中でも日本にとって特に重要とみられるのは、石炭火力発電の廃止に関する声明と、ゼロエミッション車(温室効果ガスを排出しない車)に関する宣言の2つかと思います。

今回のCOP26の議長国である英国は、COP26のゴールとして、「石炭の段階的廃止の加速」や「電気自動車への転換」といった気候変動対策の強化を掲げていました。こうした背景があり、英国が主導する形で、これらのコミットメントが会期中に発表されました。

石炭火力発電の廃止に関する声明では、主要国では2030年代まで(もしくはその後出来るだけ早期)に、世界全体では2040年代まで(もしくはその後出来るだけ早期)に、削減対策の無い石炭火力発電を廃止することなどを各国がコミットし、石炭火力発電の利用量で世界の上位20カ国のうちの5カ国を含む23カ国が新たに声明に賛同しました。

また、ゼロエミ車に関する宣言では、各国政府が2040年またはそれ以前まで、特に主要市場では2035年までに新車販売の100%をゼロエミ車にすることを目指すコミットメントが示されました。

日本はいずれも賛同・署名を見送ったものの、電源として石炭火力発電に大きく依存していることに加え、日本経済の屋台骨である自動車産業の競争力にも関わることなどを鑑みれば、COP26でみられた石炭火力発電とゼロエミ車に関する議論の進展は決して軽視すべきではないでしょう。

気候変動対応を軽視すれば移行リスクを高めることに

もっとも、これらのコミットメントで示された基準が国際的にデファクトスタンダード化したわけではありません。どちらのコミットメントも、多くの主要な関係国が賛同・署名を見送っているほか、ゼロエミ車に関する宣言には法的拘束力がないことが明示されており、実効性は不透明です。

また、冒頭に紹介した「グラスゴー気候合意」についても、採択直前に「石炭火力発電の『段階的"廃止"』に向けた努力を加速していく」という表現が、インド等の反発を受けて『段階的"削減"』という弱い表現に修正されました。こうしたことから、COP26は失敗に終わったとみなす意見も多く見受けられます。

では、COP26は本当に失敗に終わったのでしょうか。筆者はCOP26の成否は今後の各主体の取り組みにかかっており、現時点で適正な評価を下すことは困難であると考えています。しかしながら、一つだけ確かなことは、気候変動に関する科学的知見の蓄積や気候変動への人々の問題意識の高まりなどを背景に、COP26までの数年間で各国の気候変動対応は急速に進展してきたということです。

COP26に併せてインドをはじめとする多くの国々が新たにネットゼロ目標を発表しましたが、数年前には途上国も含むこれほど多くの国々が、ネットゼロに向けて足並みを揃えるということ自体が想像もつかないことでした。

こうした中で、現在合意されている基準が先々も適用されることを各国政府や企業が漫然と認識しているだけでは、将来ゲームチェンジが起きた時の対応の遅れを招き、甚大な移行リスクが顕在化する可能性があります。

<文:エコノミスト 枝村嘉仁>

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