羽生さん陥落

 物事は変転し続けるものだ、おごれる人も久しからず、たけき者もつひには滅びぬ…盛者必衰。古文で教わった「平家物語」の冒頭の一節を思い出す。ただ、こと、この人に関する限り、傲(おご)り高ぶった態度や発言の記憶は皆無だ▲将棋の羽生善治九段。先週指された順位戦A級の8回戦で敗れ、3月の最終局を待たずにB級1組への降級が決まった。順位戦のA級はトップ棋士10人が名人位への挑戦権を争うリーグ戦▲羽生さんは初めてA級に上がった1993年から29年間、この地位を守ってきた。本年度は他の棋戦でも思うように勝ち星が伸びず、デビュー36年目にして初めて負け越しの危機を迎えている▲通算の獲得タイトルが99期を数え、歴史の新しい「叡王」以外の7タイトルで「永世称号」を持つ。順位戦からの撤退など“去就”に注目する観測もあるが「次の1局にまずは全力を」と羽生さん▲出世の階段を大股で駆け上がる19歳・藤井聡太四冠の姿が見る者の心を弾ませる将棋界。だが、一時代を築いた51歳の再起に熱い期待を寄せるファンも少なくないはずだ。人生は長い▲先の対局の最終局面、手数は長いがプロならおそらくひと目-の詰み手順が生じていた。対戦相手はほとんど考慮時間を使わず指した。羽生さんへの敬意を見る思いがした。(智)

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