パシュート女子3人が見せてくれた最高の笑顔 カメラマンが涙腺崩壊したせいで撮れた奇跡の1枚

スピードスケート女子団体追い抜きで銀メダルとなった(左から)佐藤綾乃、高木美帆、高木菜那の笑顔=15日、北京(共同)

 その瞬間、思わず「あっ」と叫んでしまった。15日の北京五輪スピードスケート女子団体追い抜き決勝。最終周の最終カーブで、高木美帆(日体大職)と姉の菜那(日本電産サンキョー)、佐藤綾乃(ANA)の3選手がつくる日本チームの美しい隊列から、何かが離れていくのが見えた。誰かが転倒したと思ったが、カメラをかまえる第1カーブの出口付近からはよく見えない。数秒後、高木美帆と佐藤綾乃の2人が、ぼうぜんとした表情で目の前を通り過ぎた。そこで初めて、転倒したのが高木菜那と分かった。遅れてゴールし、息も絶え絶えな彼女を撮影するのは、本当につらかった。(共同通信=大沼廉)

 

女子団体追い抜き決勝 滑走する(左から)高木美帆、佐藤綾乃、高木菜那=北京(共同) (2)

 試合後のセレモニーは、メダルを獲得した選手をそばで撮影できる最高の機会だ。競技が始まる前から交渉し、セレモニーの時間にリンク内側のポジションに入る特別の許可を得ていた。

 ただ、私はセレモニーの間、とても悩んでいた。終了後に各選手をその国や地域のカメラマンが呼び止め、個別に撮影させてもらえる時間があるが、今回は呼び止めるべきなのだろうか。それ以前に個別撮影するべきなのだろうか。その場にいた日本人カメラマンは私一人だけだ。

 3選手は表彰されている間、複雑な表情を浮かべ、特に菜那はあふれる涙を何度もぬぐっていた。その無念さ、悔しさを思い、私も目頭が熱くなる。世界の強豪相手に死力を尽くして得た銀メダルは十分誇れる成績だが、悔しい結果でもある。そんな状況で「それでは笑顔で!」なんて、とても呼び掛ける気になれない。

女子団体追い抜き決勝 滑走する(左から)高木美帆、佐藤綾乃、高木菜那=北京(共同)

 どうしよう。頭の中でぐるぐる悩んでいるうちにセレモニーは終わった。メダリストたちが各国のカメラマンの方へ歩み寄ってくる。悩んだ末、「いいですか」と静かに声をかけた。3人は「いいですよ」と応じてくれた。目を真っ赤にして肩を組み、ポーズを取る姿を見て、私はレンズを向けたまま、不覚にもぼろぼろと泣いてしまった。

 この日まで1年数カ月、短い期間だが多くの写真を撮らせてもらった。大会や練習、合宿、選考会―。この舞台にたどり着くまで懸命に練習し、激走する彼女たちの姿を間近で見てきた。リザーブとして3人を支え続けた押切美沙紀(富士急行)も含めて素晴らしいと思うし、彼女たちにもそう思ってほしかった。

 

セレモニー中の3人(上)と個別撮影での3人(下)=北京(共同)

 しかしその思いは言葉にならず、代わりに涙となってあふれてしまった。とてもファインダーをのぞけない。「すみません」と言うのがやっとだ。

 すると「いや、そっちが泣くのかー!力が抜けるわ」と目に涙をためていた3人は、涙顔のまま大笑い。私もむせびながら、どう撮ったか記憶が定かではないが、後でカメラを見ると満面の笑みが記録されていた。名前は知らないまでも、いつも撮影に来ているカメラマンと分かってくれていたようだ。

 撮影後、別の競技会場へ移動する車中でカメラマンの先輩がこう声を掛けてくれた。

 「あの時、おまえが声を掛けて写真を撮らなかったら、このレースで残るのは転倒の瞬間や涙に暮れる菜那選手など、悲しい写真ばかりだった。ここまで努力して、最後まで懸命に闘った選手たちもそれはつらいはず。ほんの少しだったけれど、彼女たちが心から笑顔になれる瞬間を残せた」

 情けない姿を見せてしまったが、そのせいで彼女たちの心が少しでも和らいでくれるのなら、と願わずにはいられなかった。生涯忘れられないひとときとなった。

筆者(35歳)

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