桜色の花

 新聞を春の色で染めようと、きょうの紙面は「さくら版」。満開を迎えたあちこちの名所をカメラマンが訪ね歩いた。すでに桜を見に出掛けた人も、今年も自粛という人も、どうぞ紙上でお花見を▲桜の淡いピンクは季節をほの温かく彩っている。心安らぐその桜色について、詩人の大岡信(まこと)さんはこう書き残した。〈私のような素人は、桜が満開の時、その咲いている花から色をとれば簡単に桜色がとれると考えてしまうのですが〉…。染織家に話を聞くと、まるで違ったらしい▲花びらをグツグツ煮ても、薄い灰色にしかならない。〈桜の色は桜の木の真っ黒なごつごつした皮からとる〉ことを知って驚いた、と著書「名句 歌ごよみ〔恋〕」(角川文庫)にある▲しかも煮出すのは、つぼみを付ける頃の木の樹皮に限られるという。色素が枝の先にまで達する時節に皮を煮ると、淡い桜色が染み出してくる▲目に見えないが、桜の季節には木の幹にも樹皮にも、色が満ちている。〈ものごとには幹があって根っ子があって…最後に花が咲くというのが、全てのものの真実です〉と大岡さんはつづっている▲きょうが社会人としての、あるいは新天地での第一歩という人も多い。一日一日、私という樹木の幹を、樹皮を、枝を育てた先に、桜色の花の咲く日がきっと待つ。(徹)


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