国連演説から40年

 ノーモア・ヒロシマ/ノーモア・ナガサキ/ノーモア・ウォー/ノーモア・ヒバクシャ。恥ずかしながら、と前置きすべきだろうか。締めくくりの4行があまりに有名な演説、これまで一度も全文を読んだことがなかった▲「爆心地から1.4キロの地点で被爆し、ご覧のような傷だらけの体になりました」「右にも左にも石ころのように死体が転がっていました」。あの日、目の当たりにした長崎の惨状をつぶさに語り「ひとたび核戦争が起これば、人類と、人類が築いてきた文明全体の根絶を招く」と訴えた▲「日本軍国主義」の過ちにも言及した。私たちは被害者-と一方的に言い募っていたわけではないことに驚く。「軍備に浪費されてきた資源を発展途上国の開発に振り向けることを人類共通の事業に」…今日の「SDGs」とどこかつながって聞こえる▲被爆者の山口仙二さんが第2回国連軍縮特別総会で演説したのは1982年6月24日。演説の全文が先週土曜の紙面にあった▲何より先(ま)ず「核兵器の使用を人道に反する犯罪として禁止する国際協定」を-。核兵器禁止条約の第1回締約国会議がきょう始まる▲演説から40年、亡くなって7月で9年、ようやく刻まれる新たな一歩。待ちくたびれた、とあきれているか、それとも笑って見守っているか。(智)

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